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とつぜんSFノート 第92回


 星群の会が発行している同人誌、星群が1983年の5月に、50号を出した。星群創刊が1972年2月だから、11年で50号到達ということになる。同人誌としては早い方ではないか。小生、SFもんにつき、純文学等他のジャンルの同人誌の情勢は知らないが、SFの同人誌としては11年で50号は、大変、がんばって雑誌を出していたわけだ。また、50号という号数は本誌だけで、星群ノベルズ、星群アンソロジー、増刊号、別冊などを入れると60冊をこえている。
 だいたいが、同人誌なんてものは3号雑誌といって、3号出せばいい方で、10年以上定期的に発行しているのは少ない。星群は最も、活発に出していたころはほぼ月刊で出していた時期もあった。
 星群50号記念特集号は、204ページという同人誌としては破格のページ数で、手で支えなくとも自立するゆいいつの星群本誌である。
 50号ということで、矢野徹、柴野拓美、眉村卓、荒巻義雄、堀晃、横田順彌、風見潤、安田均、巽孝之の9氏からの祝辞を掲載している。
 あと、同人のエッセイと創作。創作は、7人が力作を発表している。この7人のうち、山本弘、亀沢邦夫(森弥邦夫)、石飛卓美がのちにプロとしてデビューしている。
 星群のこの活発な活動の秘密は、集団指導体制、役割分担、ということではないか。星群の会の役員は、トップの代表のもと、副代表、編集、会計、連絡人がいる。特に仕事量が多い編集者は2人が交代で編集にあたっていた。この6人で会を運営していた。この6人の役員も必要に応じて交替する。
 一般的に同人誌なんてものは、主宰者が一人で、代表から編集から会計、事務、さらには赤字が出れば自腹を切って補填したりして、特定の人物に負担がかかるわけ。
 星群の場合、仕事はこの6人の役割分担で、赤字など金銭面の負担も役員が負うことはなかった。いま、女流SF作家となっている菅浩江は、会計をやっていた。
 小生はずっと連絡人をつとめている。会員の募集、新入会員の受付、会の外から連絡窓口、できた雑誌の発送、友好団体との交流、などの仕事をしていた。
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トラキチ酒場せんべろ屋 第57回

「あほらし」
「延長戦11回までやって負けか」
「きのうはドリスが打たれた」
「きょうはマテオが打たれた」
「桑原もちょいちょい打たれよる」
「マクドが打たれたら、今の阪神はお手上げやな」
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