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遭難者の死因

 子供はよく眠っている。六歳ぐらいだろうか。かわいい寝顔だ。重傷を負って、意識不明になっているところを、たまたま通りかかった私が助けた。できる限りの応急手当てをした。この星で仕事をしている私は、こういうことの訓練も受けている。
 家族でフライトしていたのだろう。たぶん昨日の船で地球から着いた九家族のうちの一家族だ。小型自家用機で入植地へ向かう途中で事故にあったのだろう。
 地球よりも少し重力が少ないとはいえ、六〇メートル上空より墜落すれば無事ではすまない。両親と兄は即死、一家四人のうち息があったのはこの子だけだった。
 あの場所は重力異変地域だ。地上走行をすべき場所だ。この星にはあのような場所が何カ所かある。移民局に正確な情報が伝わっていないようだ。
「小型機の事故だ。生存者を拾った。六歳ぐらいの男の子。意識不明だが、コンディション表示のLEDは緑だ。4人乗りの機は大破。他の3人は即死。ポイントEW5地点は重力異変地域のはずだ。再度移民局に連絡が必要だ」
 地球からの船は、入植者だけではなく物資も運んでくる。私は貨物機のパイロット。荷下ろしされた物資を、入植地へ運搬するのが私の仕事だ。
 以前は、宇宙港から、各入植地へは大型の乗り合い旅客機で植民者たちを運んでいた。この時は事故はほとんどなかった。専門のパイロットが操縦する。彼らは危険地帯をよく知っている。
 ところが地球連邦政府で政権交代があった移民局の予算が大幅に削られた。大型旅客機は廃止。宇宙港から入植地への移動は、各自自己解決ということになった。
 それから事故が増えた。私たち貨物機のパイロットが、遭難者を救助することもたびたびある。
 子供はまだ意識が戻らない。LEDはグリーンのまま。心配することはない。命に別状はないだろう。イエローにならない限りだいじょうぶだ。先は長い。気長に待とう。そのうち意識が戻るだろう。
 貨物機のパイロットなんてものは退屈なものだ。目的地の座標はセットしてある。基本的には寝ていても、無事に目的地に到着する。ただ、未発見の重力異変地域は気をつけなくてはいけない。自分の機の事故を防ぐことはもちろんだが、遭難者の救助も重要な仕事だ。
私は今まで何人もの遭難者を救助してきた。無事、生きて目的地まで連れて行ったことも、途中で死なれたこともあった。
 私としても、遭難者の救命はできる限りのことはする。しかし、貨物機では限界がある。できれば、この子も助けたいものだ。重大な外傷は見あたらない。墜落時のショックが大きかったのだろう。
 子供の目が開いた。意識を取り戻した。LEDはグリーンだ。よし、この子は助かる。これで私が助けた遭難者は二〇人となった。表彰され、希望すれば地球での仕事に就ける。「名前は」
 子供は口をパクパクさせるだけ。どうも事故のショックで口が利けなくなったらしい。「気分は」
 私は後頭部を手で押さえながら聞いた。気分が悪いと、後頭部に鈍痛がするはず。私などは、歳のせいでしょちゅう後頭部が痛む。そのたびに処置をしなくてはならず、手間がかかって困る時がある。
 子供は手を後頭部に持っていかなかった。大丈夫だ。処置の必要はないだろう。ところが、不思議な仕草をした。
 お腹を手でさする。次に口に手をやった。それが何を意味するのか私には判らない。
 子供の意識が戻ってから三日たった。いっこうに元気ならない。LEDはグリーンだから、身体の具合はいいはずだ。時間が経つに従って元気がなくなってきた。
 私は今まで一九人の遭難者を救助してきた。外科的な応急処置をしたあと、後頭部の処置をすれば元気になる。こんな遭難者は初めてだ。盛んに口に手をやって、お腹をさする。彼は私に何をして欲しいのだろう。ますます、ぐったりしてきた。何をすれば元気になるのだろう。
 非常に悲しいことだ。子供が死んだ。
「生存者が死亡」
「バッテリーは」
「確認する」
 子供の後頭部にフタは装着されていなかった。なんとかして後頭部を開ける。おかしいバッテリーがない。かわりに脳があった。
 移民局から緊急通達が入った。
「ロボットによる入植シュミレーションは終了した。今次より人間の入植を開始する」
 子供の死因が判った。餓死していた。  
  
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