
♪卯の花の 匂う垣根に ほととぎす 早も来鳴きて しのびねもらす 夏は来ぬ♪
今年も卯の花の季節がやって来ました。
そこで、今日のウォーキングは、快適な晴天にも恵まれて、摂津国三嶋の玉川(大阪府高槻市)の「卯の花」見物に行ってきました。
この地を訪れて詠まれた、松尾芭蕉句碑が建っている「玉川の里」で、高槻市民の花である「卯の花」が見ごろを迎え、散歩中の人たちが、足を止めて小さく可憐な花に見入っています。
「卯の花」は、ユキノシタ科ウツギ属落葉低木で、「ウツギ(空木)」と言います。
枝を切ると中が空っぽなのでこの名があるそうです。
昭和42年(1967)、高槻市民の花に「卯の花」が選ばれました。
「玉川の里」は、古くから卯の花や月の名所として知られ、歌にも詠まれています。
「うのはなや暗き柳のおよびごし」
これは元禄7年(1694)の夏、松尾芭蕉が伊賀上野(現伊賀市)に帰郷し、大坂や京に頻繁に出入りしていた頃に詠んだ句で、現在、玉川の里にはこの句碑がたてられています。
「見わたせば波のしがらみかけてけり卯の花さける玉川の里」 相模
「夕月夜ほのめく影も卯の花のさけるわたりはさやけかりけり」 藤原実房
ここは、別名「砧(きぬた)の玉川」と呼ばれます。
砧とは布を木づちで叩いて柔らかくするときに使う台のことで、衣(きぬ)をたたくことから砧(きぬた)といいます。
また卯の花の別名を「うつぎ」ともいい卯の花(うつぎ)→「布を打つ木」から砧を連想させる言葉遊びだろうとも言われます。
今月末ころまでは、白い清楚で可憐な花が楽しめます。
明日は「ボクシング世界チャンピオン誕生記念日」です。
1952(昭和27)年のこの日に東京・後楽園球場の特設リングで開かれたボクシング世界フライ級タイトルマッチで、挑戦者・白井義男がチャンピオンのダド・マリノに判定勝ちし、世界フライ級16代目の王座につきました。
日本初のボクシングチャンピオンの誕生です。
当時、白井義男は30歳、遅咲きの栄光でした。
湯川秀樹博士のノーベル賞受賞、古畑広之進選手の水泳自由形世界新記録と並んで、敗戦でショックを受けた日本人の心に希望の灯をともしました。
また「小諸・山頭火の日」です。
1926年(昭和11年)の5月19日に俳人の種田山頭火が長野県小諸市の中棚荘(当時は中棚鉱泉)に投宿しました。
その日の日記に「熱い湯に入れて酒が飲めるのがいい」と記載していることから中棚荘が制定しました。
敷地内には山頭火の句碑も建てられており、毎年この日には全国の山頭火ファンが集うイベントが予定されています。
そして毎月19日は、「シュークリームの日」「トークの日」「食育の日」「熟カレーの日」です。
行事は、奈良市の「唐招提寺中興忌梵網会(ちゅうこうきぼんもうえ)」通称「うちわまき」が行われます。
唐招提寺は、南都六宗の一つである律宗の総本山です。
唐招提寺中興の祖・大悲菩薩覚盛(だいひぼさつ・かくじょう)上人の祥月命日の5月19日に、その御遺徳を偲び法要と舞楽奉納が講堂で行われます。
上人の肌に止まった蚊をたたこうとする弟子に対して「自分の血を与えるのも菩薩行である」とおっしゃった故事による「うちわまき」もこの日に行われます。
うちわを授かることは、病魔退散や魔除けのご利益があるといわれています。
唐招提寺金堂平成大修理記念 特別展 国宝鑑真和上展が、奈良国立博物館で、5月24日(日)まで開催されています。

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写真から、卯の花の香りを感じます^^♪〜
昨年行ったときには時期をはずしてしまいましたので、
今月中に是非行ってみます。
今日はお天気も良くて、歩くにはピッタリだったのですね〜
の卯の花は、こんなでしたか。知らずに歌っていました。
ところで、砧公園が東京にもあります。
田園都市線用賀駅が最寄り駅で、用賀といえば東名高速道路がはじまるインターチェンジです。
ことしは、浅草寺-本堂と二天門が改修中で神輿の練りまわしコースがちょっと違いましたが、人出は相変わらず混んでいました。
卯の花の香りを感じます^^♪〜
と、思われるのですが、歌のような、卯の花は匂わないようなのです。
安威川にも、咲いています。
一度、確認してください。
この花なのですが、どうも匂いがないようで…。
「砧公園」の地名のいわれはどうなのでしょう。
関東は、新型インフルエンザの影響がなくって良かったですね。
状況を考えると、過敏に対応しすぎているように思うのですが…。
良さそうな所なので一度遊びに行きたいと思ってます
とっつあんさんの土汽車の記事読みました
高槻は写真が残ってるんですね〜
玉川橋からの番田井路の堤防に植えられています。
歌のような匂いはないかも知れませんが、可憐な白い花は心を癒してくれると思います。
今年「高槻市立しろあと歴史館」で開催された企画展「郡家村の歴史」で土汽車の写真が展示されていました。