日々是好日 とっつあんの雑記帳

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高槻 まちかど遺産北部地区(^^♪No17常に雲がかかったように霞がかかり、夜の雨音が泉の水音と重なる幽玄な情景 原八景「神峯夜雨」

2017年07月16日 15時44分31秒 | 三島地区の文化財

セミの大合唱が近づいている、梅雨の熱帯夜の朝、晴れ のち時々 曇り、最高気温34℃(0)、洗濯指数100ジーンズなど厚手のものもOK、との予報。

今日も朝から燦々たる太陽の陽射しのガンガン照り、風もそれほどなく、下からの照り返しも強く、蒸し暑い一日となった北摂。

ウォーキングは西国街道から西河原公園の短縮コースと午後家電量販店とカラスウリの花が咲いてないかと調べに少し歩いて、9400歩、汗かいて少し頑張りました。

今日の1枚の写真は、高槻市の文化財をめぐる まちかど遺産北部地区の、高槻市原の神峯山のNo17 原八景「神峯夜雨」(かぶのやう)の「神峯山寺山門」です。

「神峯夜雨」(かぶのやう)は、瀟湘八景の「瀟湘夜雨」(しょうしょう やう)になぞらえています。
渓谷の奥に古寺があるとし、これが神峯山寺にあたります。
そこは常に雲がかかったように霞がかかり、夜の雨音が泉の水音と重なる幽玄な情景を詠んでいます。

まちかど遺産現地説明板を紹介します。

中国の景勝地を八景として詠んだ『瀟湘八景』に倣って日本各地で八景が選ばれました。
原八景は、明治時代に神峯山寺(かぶさんじ)の僧・近藤大道(鶴僊かくせん)が選んだものです。

大道は、京都で禅を学び、のちに高槻藩士で漢詩人の藤井竹外に支持しました。「神峯夜雨(かぶのやう)」は、瀟湘八景の「瀟湘夜雨」(しょうしょう やう)になぞらえ、山中に佇む神峯山寺が雲の中のように霞み、物寂しく降る夜の雨音が泉の水音と重なる幽玄な雰囲気を詠んでいます。
 平成29年3月  高槻市教育委員会

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

明日7月17日(乙巳 きのとみ 仏滅) 

●「海の日・海の記念日」
1876年(明治9年)の7月20日、明治天皇が東北地方の巡幸を終え、灯台巡視船明治丸で横浜港に着かれたことに因み1941年(昭和16年)に当時の逓信大臣村田省蔵の提唱で「海の記念日」が制定されました。
 7月20日は、昭和16年以来「海の記念日」として、海運、造船、港湾などの海事産業や船員等これらに従事する人々について国民の皆様に理解を深めていただくために、全国各地でいろいろな行事が開催されてきました。
 このような海の重要性にかんがみ、近年になって国民の祝日「海の日」を設けようとの国民運動が大いに盛り上がり、その結果、1996年(平成7年)2月に国民の祝日に関する法律の一部改正が行われ、1996年(平成8年)から7月20日が国民の祝日「海の日」として制定されました。
 そして平成13年6月の国民の祝日に関する一部改正により、平成15年から「海の日」が7月の第3月曜日にあらためられました。

●「東京の日」
 1868(慶応4)年のこの日、明治天皇の詔勅により「江戸」が「東亰」に改称されました。
 1893(明治26)年には、伊豆七島や三多摩を含む、ほぼ現在の地域が確定しています。
 また、1889(明治22)年に成立した東京市15区は、1943(昭和18)年に府が東京都になることによって消滅、1948(昭和23)年に現在の23区制が敷かれました。

●「漫画の日」
 1841年のこの日、イギリスの絵入り風刺漫画週刊誌『パンチ・ロンドン・シャリヴァリ』(通称「パンチ」)が発刊されたことに由来します。
 1992年4月8日に財政難の為に終刊になるまで151年間発行されていました。
 日本では、1862(文久2)年に日本語版の『ジャパン・パンチ』が刊行され、「ポンチ絵」という言葉が生まれました。これはパンチがなまったものです。
 「パンチ」は、当時の最高の文学者や画家も執筆する高級誌でした。
 この日とは別に、手塚治虫の命日である2月9日も「漫画の日」になっています。

●「あじさい忌」
 1987年(昭和62年)のこの日、「嵐を呼ぶ男」や「錆びたナイフ」など数々の日活映画で主演、独立後もドラマ、レコードなど幅広く活躍した俳優の石原裕次郎が逝去しました。
 裕次郎の命日を「あじさい忌」と呼ぶのは、生前好きだった季節の花「あじさい」に因んでいます。

●毎月17日は、「いなりの日」です。

●「山鉾巡行」
 日本三大祭の一つ「京都祇園祭」の、山鉾巡行の日。
 32基の山鉾が京都市内の中心部を巡行する祭りのクライマックス。
 巡行の途中では、四条堺町の関所で巡行順を定めた籤を京都市長があらためる「鬮改めの儀」や、四条通麩屋町に建てられた斎竹に張られた注連縄を長刀鉾の稚児が太刀で切り落とす「注連縄切り」などの儀礼があります。
 また、四条河原町・河原町御池の交差点などでおこなわれる「辻回し」も、巡行中の大きな見せ場となっています。

●松尾大社「御田祭(おんださい)」
 古くから行われている虫除けと五穀豊穣を祈る神事で、かっては、下津林・上山田(現在の嵐山)・惣市(現在の松尾)の3村から植女(童女)が一人ずつ出て奉仕し、その服装は、紗を張った「かいばり」(うちかけ)を着て金銀で飾られた花笠をかぶり、紅白ちりめんのたすきを掛け、額には葵の形を白粉をつけ髪に垂らして花櫛を挿し元結を水引で結んでいたとされています。
 現在も、3人の少女が植女(うえめ)役を務めます。午前10時、色鮮やかな衣装に身を包んだ植女は、社前で宮司から神稲(早苗)を受け取り、早稲、中稲、晩稲を手に荘夫(父親)に肩車されて拝殿を3周します。
 古くからの神事で、文献上で確認できるだけでも室町時代にまでさかのぼり、永和2年(1376)の「松尾社年中神事次第」や文明元年(1469)の記録にもこの御田祭のことが残されているそうです。
 松尾大社 京都市西京区嵐山宮町 TEL075-871-5016


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