日々是好日 とっつあんの雑記帳

とっつあんが徒然なるまま”ほっこりと暖かく誰もがうなずけるちょっとした幸せを感じる”話題を発信していきます。

高槻ええとこクイズラリー第8弾~三箇牧エリア編~(^^♪第2問 くらわんか舟発祥地碑

2016年10月15日 16時18分35秒 | 三島地区の文化財

雲一つない青く澄み切った秋の空、気持ちの良い朝、晴れ、最高気温25℃(+3)、洗濯指数は90バスタオルでも十分に乾きそう、との予報、秋晴れの少し暖かめですが気持ちの良い一日となった大阪。

今日は市内の豆腐屋へスタッフの会のメンバー5名で工場見学に行ってきました。
と言っても、土曜日は工場が稼働してないそうなので、ビデオで説明を受け、豆腐つくりの実演があり、あとは試食がいっぱい、1時間半ほど次から次へ商品説明を受け食べる、結構お腹もいっぱいに…。

川端康成文学館を見学し、希望があって車で移動して将軍塚古墳へ…。

今日の1枚の写真は、ええとこクイズラリー第2問の高槻市柱本にある十返舎一九の『東海道中膝栗毛』でおなじみの「くらわんか舟発祥地碑」です。 

江戸時代、淀川を往来していた淀川三十石船に、「喰らわんか、喰らわんか」と呼びかけて酒や食べ物を売っていた小舟を「くらわんか舟」といいます。
柱本には「くらわんか舟」の発祥地を記念する碑が建てられています。
さて、この発祥地から周囲を眺めたときに以下の中で見えないものがあります。どれでしょう?

 ア.橋
 イ.水位計
 ウ.観覧車
 エ.テニスコート

※ヒント
昔から、淀川は大阪と京都を結ぶ交通の大動脈として、多くの舟が上下していましたが、大坂夏の陣(1615年)のときに徳川方に協力した功によって、淀川を上下する舟に、食物を売る特権を与えられたのがくらわんか舟で、後に、地の利によって、枚方の方が反映したようです。

発祥の地は、ここ高槻市柱本といわれ、「柱本茶船記録」に書き残されています。

淀川の堤防は見晴らしがよく大阪方面には「橋」河川敷には「水位計」川向い枚方には「ひらかたパークの観覧車」が見られます。テニスコートは…?

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

明日10月16日(辛未 かのとひつじ 赤口)
●「世界食糧デー」
 国連食糧農業機関(FAO)が1981(昭和56)年に制定した国際デーの一つです。
 FAOが設立されたのが1945(昭和20)年のこの日なので、それを記念日としたわけです。
 世界中の人々が食糧不足で苦しまないためにはどうすればよいかを考える日で、このことをテーマにシンポジウムなどが開かれます。

●「ボスの日」
 1958(昭和33)年10月、アメリカのパトリシア・ベイ・ハロキスさんが、会社を経営していた父のために経営者と部下の関係を円滑にするための日を提唱しました。
 これをアメリカ商業会議所に登録したことが始まりです。アメリカではボスを昼食に招待したりプレゼントを贈ったりしています。
 日本では1988(昭和63)年からデパート業界が実施していますが、あまり一般に浸透はしていないようです。

●「人と色の日・自分色記念日」
 人が生まれながらに持つ髪や目、肌の色などと調和して、その人にいちばん似合う色が自分色(パーソナルカラー)です。
 その人の色として個性を引き立て、魅力を引き出す、パーソナルカラーの効果的な活用法などを提案する日本パーソナルカラリスト協会が制定しました。
 10月16日で「ひといろ(人色)」と読む語呂合わせによります。

●「ありがとう湯沢の日」
 新潟県を代表する観光の町のひとつ湯沢町が観光立町宣言をする日を記念して制定。
 「おもてなし心」を持ち、「ありがとう」の気持ちを発信して、人々の絆を深めていこうというのがその目的。

●毎月16日は、「閻魔の縁日」です。

●「新聞少年の日」「新聞配達の日」
 日本新聞協会が1962年(昭和37年)に制定しました。
 10月15日からの新聞週間内の日曜日を「新聞少年の日」「新聞配達の日」と日本新聞協会が定めています。
 「新聞少年」とは新聞配達に従事している満12歳以上満18歳未満の少年少女のことです。
 新聞少年・少女を激励し、広く社会一般に彼らに対する理解を深めてもらうことを目的としています。
 家庭や職場に新聞を毎日確実に届ける「戸別配達制度」の重要性とその社会的な役割を強く訴え、新聞の宅配制度の基盤となる新聞を配達する人々の労に感謝する日です。

●「雑司ヶ谷鬼子母神会式」
 御会式(おえしき)は、もともと日蓮聖人の忌日の法会で、法明寺では10月13日に宗祖御会式を行っていますが、これとは別に毎年10月16日~18日に鬼子母神御会式を営み、江戸時代から伝わる年中行事としていまも地域全体の人々が待ちわびる大祭となっています。
 たくさんの人々が一緒になって供養のお練りをするその3日間は、静かな雑司ヶ谷の街一帯に、太鼓が響き渡り、参道は露店で大にぎわいとなります。
 鬼子母神はインドで訶梨帝母(カリテイモ)とよばれ、王舎城(オウシャジョウ)の夜叉神の娘で、嫁して多くの子供を産みました。
 しかしその性質は暴虐この上なく、近隣の幼児をとって食べるので、人々から恐れ憎まれました。
 お釈迦様は、その過ちから帝母を救うことを考えられ、その末の子を隠してしまいました。その時の帝母の嘆き悲しむ様は限りなく、お釈迦様は、「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と戒めました。
 そこで帝母ははじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、その後安産・子育の神となることを誓い、人々に尊崇されるようになったとされています。
 鬼子母神法明寺 東京都豊島区雑司が谷3-15-20 TEL03-3982-8347
  

にほんブログ村 その他生活ブログ 季節・四季へ 「にほんブログ村」ランキング参加中です。
今回は3617
話です。「よかった!」と思われたら「季節・四季」ボタンをポチッとお願いします。

ジャンル:
文化
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 秋の七草 最終章(^^♪藤色で... | トップ | 茨木のええとこ(^^♪「おとう... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。