the other side of SmokyGitanesCafe
それとは無関係に・・・。
 

  




GITANESだったら読めないだろうから問題ないが。
それとは無関係に・・・。


近所のコンビニの、
眼鏡をかけた男性スタッフは
レジですべての商品(アイテム)名を
「はい、お茶ひとつと  お弁当と  春雨ヌードルと
 ミンティアと  もう一つミンティアと あろえヨーグルトと」と読み上げるが

背後に並んだ他の客にまで丸聞こえで赤面するほど恥ずかしいので
即刻読み上げはやめていただきたい。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






GITANESには虫よけ効果はないが、人よけ効果がある。
それとは無関係に・・・。



ゴリゴリゴリゴリ・・・

先祖代々の墓(といってもまだ3代分しか入っていないが)の
前部の石を、手前にゴリゴリゴリと引き寄せる。


兄の四十九日法要が終わり、墓への納骨だ。


あいにくの雨で、線香に火が点きにくい。


お骨を墓に格納する。納骨という。

骨壺から布袋へ、いくつかの骨を箸で儀式的に移す。
あとは骨壺をひっくり返して、白い粉まですべて袋に入れる。

その袋を墓へ格納するのだ。


坊主は「骨壺は墓へは入れません。お骨が土に還らないからね。」と説明する。



ゴリゴリゴリ・・・。


石を寄せて、兄の遺骨が入った布を納める口が見えた。

当たり前だけど、もうすでに入っている袋が複数ある。
いちばん上に乗っかっているのはオヤジの骨袋だろう。
他のはじいちゃん、ばあちゃんか。
その他にも祖父の兄弟姉妹などもはいっているらしい。

それら、先着組の袋は
まだまだ袋の体裁を保っているどころか、汚れてもいないように見える。



墓に納めて、そこから「土に還る」って、
時間かかるんだなあ!










コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






GITANESでも吸って整理したいものだ。
それとは無関係に・・・。


〇恵方巻
どっちの方角を向いて、巻きずしを一本食べきるまで無言で通せ

というバカげた風習か、あるいは風習めいた販促か、
は知らないが、まったくそれをやってみよう という気がない。
でも、帰宅したらそれらしい黒い棒状のモノ(巻きずしだけど)が食卓に置かれてあって
「さあ、恵方巻だ。はい、スタート!」という雰囲気だった。
方角は北北西  だということだったので
ほぼ南南東を向いて、思いっきり喋りながら休み休み食べた。

「あっち向いて、黙々と食べろ。」って、
ちょっと他に言葉が見つからないが、バカじゃないの?
と思う。


〇電話番号
自宅電話番号をいくつかの候補の中から選ぶとき
「あ、これ覚えやすいね」というものを選んでしまった。
これが間違い電話を誘因するとは思ってもみなかった。
定期的に間違い電話が入ってくる。
大体すぐに電話に応答することがないので、ほぼ留守電に録音されているのだが、
昨日の間違い電話は「ナカノシマ というところに住んでいるオオカワさん」
から
「今月の集金は5日にしてください」
とのことだった。

その他代表例は
「タイヤを交換したい」
「配達を止めてくれ」
「自販機が壊れてるからすぐ来い」
などなど。
みんなの希望が叶えられることを静かに祈りたい。


〇時代小説
こんな小説、オヤジが生きてればさぞ好きだろうなあ。
あ、仏前に供えるのもいいかもなあ
と、とある小説(文庫)の1,2巻を買って帰った。
これを思いもよらず真剣に読んでしまい、止まらなくなった。
ちょっと調べれば「51巻で完結」ということだった。
なんてことだ。お供えのレベルを超えるではないか。
1冊700円だから51冊で35700円。
とりあえず遺影の前に現在1~11巻の本と愛用していた老眼鏡を
供えているが、最終的に51冊も置くのだろうか。








コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






GITANESを線香代わりに(12)。
それとは無関係に・・・。

兄が亡くなったので、これを潮として
一時的に私が預かっていた格好になっていた先祖からの仏壇を
兄宅へ引っ越しさせた。
兄には男子もいるし、彼らも毎日手を合わせるのにいるだろうし
私的にはこれが一番いいだろうと思っているが、
兄の長子は「これを背負うのかよ・・・」という気持ちでいっぱいだろう。
まだ23,4歳だからな。無理もない。

叔父(私のこと)からのありがたいアドバイスとして、

〇この仏壇は数百年も続いたようなものではなく、せいぜい数十年だ。
〇だから、いよいよ君が困ったらこの仏壇は君の判断で処分してもいい。
〇自分の子供を祟ってやろうとする親は普通いないから、仏壇を処分されたとしても
 先祖は君に危害を加えようとは思わんだろう。
〇先祖の格納庫という見方ではなくて、君のおやじが寝てるところと思え。

と授けておいた。納得できたかどうかは知らない。
世が世なら、家系が家系ならこの若者が当主である。
好きにすればいいのだ。


さて、仏壇が出て行った後の部屋はさすがにガランとして寂しい。
私のオヤジの遺影はコピーして手元に置いているが
(事情があってお骨もあるし、ケンタロ(犬)のお骨も並んでいる)
仏壇がないとやはり締まらないものだ。慣れの問題だろうけど。


さて、日課であるコーヒーを遺影の前に供えて
線香に火をつけて適当な茶器に立てて、というところで気づいたのだが
「チーン」がない。

仏壇と一緒に「チーン」と、「チーン」用の(ドラムなら)スティックもない。

これをチーンと鳴らさないと、手を合わせるきっかけが作りにくいということに
初めて気づいた。



こんなときのアマゾンだ。

商品検索したら、やはりアマゾンでも山ほど「チーン」を扱っている。
手頃なやつを見つけたのでそれを発注した。
1,2日以内にヤマトさんがチーンを持ってくるだろう。


ところで、「チーン」は正式には「りん」という。
丁寧に表現するときは「おりん」というらしい。アマゾンにもそう表記している商品もある。
おりんというと岩下志麻を連想するが、まあそれとあれにはまったく関係がない。


でも、
「チーン」でかなり意味が通じるアイテムの正式名称が「りん」というのは
なんか変ではないか。
だからって、「今後あれを『りん』と呼ぼう という運動」を始めようなんて
全く思わない。
いくらあれの本名が「りん」だからって、もうあれは誰が考えても「チーン」だ。


ところで、「与作」の曲中に登場する「じゃーん」「シャーン」「ジーン」と鳴る
打楽器、あれも誰もが「じゃーん」とか「シャーン」などと呼んでいるだろう。

あれは本当は「キハーダ」と言って、その上、本当に本当は「キハーダ」でもなく
その代用品のヴィブラスラップ という楽器らしい。

いや、そんな本名など誰も気にしない。
ヴィブラスラップなんてありがたい、なんだかお腹に塗ると風邪の症状がマシになるよな
洋物の名前など誰も覚えてくれない。
これからも「シャーン」と呼ばれるだろう。



「りん」も「チーン」でいい。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






GITANESが臭いから警告されている というのならわかるが。
それとは無関係に・・・。


寒いからうどんでも食べようかと、ひるめしに近所の
「うどんがいかにもうまそうな店」を標榜している店へ行った。
この店の特長は、「いつも空いている」「うどんは、何の変哲もない」
「年輩の従業員がいて」「その人は不愛想」
などなどである。

いらっしゃいませ  と、お茶やおしぼりを運んできたのは
不愛想で定評のあるあの年輩の人ではない、別の年輩の人で
この人もまた元々の不愛想な年配の人を見習っているかのような不愛想な年輩の人だった。
で、いらっしゃいませ といいながらこの人に足を踏まれた。
コンマ数秒、時がとまったような変な間があったので
おそらく異物を踏んだことはわかったのだろうが、特に何事もなく
作業は進行していった。

そういえば、飲食店で席についていて
足を踏まれるという経験が何度かある。
よく覚えているのは近所のパスタ屋さんだった。
こっちは若いスタッフだったが、一瞬というようなものではなく
4人連れの我々が注文をしている間中ずっと踏まれていた。
私が注文をする順になって
「ごめんね、あの足踏んでます・・・ペペロンチーノ。」
と注文したら、これ以上ないというほど謝られて
恥ずかしくてたまらなくなって、1年ほどその店に行けなかった。


共通点は「麺の店」というところだが、麺類を食べに行くたびに
足を踏まれる訳ではないのだから、相関関係はないだろう。


さてこのうどん屋さんは、うどん屋さんだからうどんしかないです・
そばは扱ってません・そばが食べたいなら別の店舗がありますので
そちらへどうぞ というスタンスだったはずなのだが
ここ最近は「そばも始めました」ということだったので
『そうか、とうとうそばも始めたのか。扱い始めたということは
それなりに旨いのだろう』と思って『そば』を注文したら
細くてぐにゃぐにゃでぐちゃぐちゃでぬるいそばだった。
これを出すのなら『始めなかったらよかったのに。』とも思うが
それよりも「そういえば足踏まれたなあ。気まずいなあ・・・」
という感情の方が大きく、幸いなことに味がまったくわからなかった。


あ、足を踏んでおいてそっちに注意を逸らせておけば
まずいそばを出してもOKという深謀遠慮があったのだろうか。
なかなかの策士である。

いやしかし、足を踏まれたのは私が「そば」を注文する前だから
その仮説には穴がある。

いやいやしかし、そもそもうどんも大したことないのだから
やっぱりアレか、
と色々考えてはみるものの、
どんな時間帯でもすぐ座れるうどん屋さんは貴重だし
また私はそれほど間隔を開けずにその店を訪れるだろう。

何しろ、私が足を踏まれたことは「なかったこと」になっているので
こちらが恥ずかしさを感じる必要はどこにもないからだ。


ああ、

ややこしい。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






GITANES歴よりは短いけど。
それとは無関係に・・・。

会社で使っている個人用メールアドレスを変更した。
インチキメールがあまりにも多いからである。

件名が
「ご請求書」
「添付写真につきまして」
「送付致します」
などなど、バラエティ豊富で眺めていると面白いし
実際にはセキュリティのソフトやサーバ自体が撥ね退けてくれるのだが
「これこれこういうメールが届いてましたが多分バカからのメールなので
撥ねときました」という通知が頻繁に来ることすら煩わしくなってきたのである。



ということで、SGC読者の人で
仕事上でもお付き合いのある人、
もうあのメールアドレスでは連絡が取れません。

ごきげんよう。




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






GITANESをすう時点でマナーも何もないんだが。
それとは無関係に・・・。

たびたび再認識することではあるが、
公衆マナーがよろしくないのは圧倒的に年配者である。
いや、自分がそういう年代層に突入する日も近いだろうから
戒めの意味を込めてそう書いている。


たしかに、群れた若者はケタタマシかったり
何かと邪魔になる局面も多いが、若いだけあって勘はよさそうだ。
試しにその邪魔になっている若者の目をじっと見つめてみてごらん。
すぐに道をあけてくれるものだ。


今日遭遇した年配者は70代後半の男性で
やはりというべきか、声が大きい。
声が大きい上に、ケータイを使うときはさらに5割アップの声量になる。
それを大病院の、おそらく周辺の科を合わせれば100人ぐらいはいそうな
待合のソファで通話を始めた。

古くからの知人に電話をしていた。
その知人との共通の知人が亡くなったか、大病を患ったようで
しきりに
「あんたがいちばんショックやろ!なあ!」と5回言っていた。

「まあ、奥さんにもよろしゅう!」と会話を締めるまで
周辺の人間は10分ほど彼の野太い声に痺れた。


定期的に大きい病院を訪れるが、毎回毎回同じように
年配者の大声の愚痴、自慢話、ケータイでの会話を聞かせてもらえる。

マナーっちゅうもんは、他人が守ってワシが快適になる道具や!!

と思っているのではないかと一瞬疑ってしまうが
まあ、まさかそんなことはあるまい。

しかし、諦めずに頑張って「マナー」を学べ。
あなたにはもうあまり時間が残っていない。
それ以上悪名を残さなくてもいいじゃないか。




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


仏壇  




GITANESを線香代わりに(5)・・・。
それとは無関係に・・・。


私は次男ではあるが、故あって親と仏壇を自宅に置いていた。
おやじが亡くなったここ10年は法事一切も曲りなりに取り仕切っていたが
このたび長男である兄が亡くなったので、兄宅へ仏壇を移すことになった。
兄の家族が兄の位牌や遺影に拝むには、仏壇もいるだろうし
そもそも兄宅にある方が自然だった という理由からである。


長男だから次男だからと、由緒ある家系でもあるまいし
御託を並べる気はないのだが、仏壇がどこにあるのが合理的かと考えると
私の元よりも兄家族の元ということになる。


病院で寝たきりの母親はもう意思表示もできないのだが
まだしっかりしている頃に
「お父さんの遺骨は私が死ぬまで納骨しないでね。一緒に納骨して欲しいから」
とのリクエストがあった。
だから、仏壇が引っ越して行った後も父の遺骨は私の手元に残す。
病院は母にとっては仮の住まい、本拠地は私の自宅だから
いずれ骨になった母は私の自宅に帰ってきて、そして父の骨と一緒に
高野山へ納骨されることになる。

そういう理由で、仏壇はなくなっても父の遺骨と遺影のコピー、
それとケンタロウ(犬)の遺骨は我が家に残る。


さて、もうそうなると仏式の諸行事は
少なくとも我が家で行われることはなくなる。
それらしく毎朝毎夜線香を立てて手を合わせるつもりだが
それは仏教式という意識とは離れる。



私が死んでも仏式での諸行事はやらないことと決めた。
坊主・寺不要。戒名不要。墓は一応作っておくが、どこの宗教ということではない様式だ。
葬式はなく、お別れ会はやってもらってもいい。
線香も不要、花だけ供えてもらおう。

法事も要らぬ。
私の誕生日に、近親者にはハンバーグでも食べて思い出してもらう。

遺骨は新設する墓と、テレビの下の収納か、キッチンの吊戸棚の中へ納める。
仏壇がないからだ。不要だ。


遺影を5年に一度ぐらいの頻度で撮影しておこうと思う。
巨匠Kent Hopper氏は撮ってくれるだろうか。

子孫が私の宗教的供養グッズ--仏壇やら位牌やらなにやらを
ずっと背負っていかなくても済むように。
死んで何年経ったから○○回忌だとかなんとか、煩わされないように。

次男坊の家系であることを謳歌、とまではいかないが
ちょっと伸び伸びやれるように。

そのようにして私は煙のように消えていくのみになる。




50年後の話だけどな。




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


恒例  




GITANESを吸って落ち着こうとしても
事態が好転しなかったことが多い。
それとは無関係に・・・。

毎年この時期恒例の、「あいさつまわり不要ばなし」にしよう。

今年は4日5日あたりに各事業のあいさつまわりがピークを
迎えるようだ。

4日はG社のG氏、D社のI氏、Y社のY氏、
S社のS氏、W社のM氏、N社のK氏他らが次々と事務所を訪れた。
まさか「おめでとう。じゃあさよなら。」という訳にもいかないので
一組約3~5分ほどは時間をとられる。だからこれだけでも30分以上は
時間がかかるのである。
集中して仕事をしていても、細切れに分断される。
スタッフと会話をしていても、クライマックスの寸前に止められる。
それがぜひ必要な訪問であれば仕方ないし当たり前のことなんだが、
結局は「おめでとう」しか内容がない。
そんなことわざわざ伝えに来なくても、印象が悪くなる訳ではないし
それで減点しているようなら、減点する側に問題がある。
そもそも、年賀状まで送ってくれているのにその2、3日後に
直接あいさつする必要なんてあるのか。



極め付けはI社のKという人物。

11時に電話が入り、
「うちの社長を伴ってあいさつにうかがいたいので、
 13時半ごろにぜひお目にかかりたい」と言ってきた。
K氏は普段から無礼千万な70歳がらみの男性で、まあ要望要求が日ごろから
厚かましく常識的ではない人物である。
I社の大番頭格だ。

「はい?それは『事務所で待っとれ』ということですか?」
と尋ねると、
「ああ、はいそういうことになります」との返答。

私も取引先、ましてや社長さんに敬意を払わないものではないので
13時半に待っていた。

時間通りに二人はやってきたが、
「で、ぜひ会いたいという『おめでとう』以外のご用向きはどういった事でしょう?」
と尋ねたが、
結局、おめでとう だった。


「今日はあいさつまわりだけの日だ。」
という習慣につき合わされる身にもなっていただきたいと
毎年思う。

いやあ、めでたい。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






GITANES休止から12年目突入。そろそろ復活しよう。
それとは無関係に・・・。

どうも、年が明けましたね。どうも。


元日はハードに仕事して、2日もハードに仕事して
3日が休日でお好み焼き食べて、

と、普段と変わらないことを続けております。
だから正月感などまったくありませんので
ご挨拶が遅れて申し訳ないです。

どうも。

あ、珠姫も、どうも。



コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )


風邪  




GITANESを吸っていたら治りが遅い(ような気がした)。
それとは無関係に・・・。


まだ5歳か6歳のころ、珍しく母親が風邪で寝込んだことがあった。
オヤジは出勤し、家には兄と姉と私がいた(夏休みだったと思う)。

誰にも何にも言わないで、遊び盛りの兄は毎日家を自転車で
飛び出していき、夕方まで帰ってこなかったが、
この時ばかりは
「あのなあ、遊びに行ってもいいかな?」と、姉に声をかけたらしい。
遊びに行きたいけど、母が寝込んでいるのでいつもの調子では
出かけにくかったようだ。
姉は、
「でも、結局遊びに行くんやけどな。」と笑っていた。
そうか、兄もこういうときは気を使うのか  と感じた記憶がまだ
鮮明に残っている。


兄はあまり身長が伸びなかったがスポーツは得意だったようで
いろいろやっていた。
私は6歳も年下だから、兄の日常を兄の口から聞いたことはないが
周囲から伝わってくる情報によると、運動神経はよかったようだ。

その上どういう訳か(と言ったら身内ながら失礼ではあるが)モテたようで
普通に風邪で寝込んでいるだけなのに、花をもった女の子が見舞いにやってくる
という衝撃的な場面も見た。兄が中学生だったと思う。
長屋の小さい古い汚い家に持ってくるなよな・・・と思った。


学業もそれなりにはできたようだ。少なくとも私よりは兄(も姉も)は
成績もよく、問題行動も皆無だったようで
私が中学校に入学してからは兄や姉を知っている教師に
「おお、あの○○の弟か!そうか、おにいちゃんおねえちゃんは
よくできたのに・・・。」と何度も言われた。
高校も上二人と同じ学校に行ったので
「あの○○の弟か。うーーーん、兄貴や姉はよくできたけどなあ・・・。」
と比較された。

まあこれは兄や姉が特殊だった訳ではなく、普通だっただけのことだ。
私が劣っていたのだろう。
「お前の兄貴は金髪になんかしなかったぞ!」なんて叱られ方もあった。


そんな比べられ方を日常的に受けていたが、とくにそれで性格がねじ曲がった
という訳でもない(ねじ曲がってはいるが、そのせいではないだろう)。
まあ世間は何かと比べたがるもんだ  ぐらいに思っていたので
何と言われようと何も感じていなかった。
6歳離れているからかも知れない。
もっと年齢が近かったら、ある種のライバル心なんてものもあったのだろうか。


とにかく、兄と姉と私はまったくべたべたしない関係の子供時代を過ごし
そしてそのまま現在に至っている。




兄は彼が26,7歳のころ、脳に腫瘍ができて大きい手術を受けた。
学校の教師だったが2年ほど休職した。
仕事に復帰してからはたまに体調が悪くなったりしながらも
普通に仕事も日常生活も送ることができ、結婚もして子供をふたりもうけた。

後遺症と思しき状態が50歳まえぐらいからひどくなり
入退院を繰り返していた。
ここ2年は気道を切開して呼吸器をつけていたので声も失い
寝たきりになっていた。
意識はあった。唇のうごきでコミュニケーションを取ろうとしていた。

そういえば、まったっく会話がなかった兄と
少しばかりではあるが会話を始めたのは、兄がここ数年前から体調を崩して以降の
ことだ。

頭痛がひどいが、病院へ行くことを渋る兄を説得し
大きい病院へすぐに向かうように説得したのも私だった。
どういう訳か奥さんの言うことも聞かないが、私の「病院へ行け」には
従った。



その兄が2日前に亡くなった。

兄は献身的に世話をする家族を開放したかったのかも知れない。
見守られるよりは、見守る方を選びたかったのだろう。

すーっと、表情を変えることもなく亡くなったそうだ。
私が病室に到着したのは臨終の2分後だった。


結果的に心配事が一つ消えたと言えるのだろうが、
それが「良いこと」にはならない  という心境をうまく表現できるような
語彙を、まだ私は持っていない。





ひと月ほど長引いた私の風邪は、
やっと治った。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






GITANESと合いそうなんだけどなあ。
それとは無関係に・・・。


また最近夜な夜なKurt Ellingのmy foolish heartを聴いている。
聴くほどに
「Kurt Ellingのmy foolish heartはmy foolish heartではなくて
 『Kurt Ellingのmy foolish heart』なのだ」
と再認識する。
それほどの特殊感がある。

そしてその特別なmy foolish heartをベースとして歌っている
My Foolish Heart/Moth - Sacramento State Jazz Singers, Spring 2012
をネットで何度も何度も観る。

そして寝不足に拍車がかかるのだ。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


幹事  




GITANESなんて吸いながらよく忘年会に参加してたもんだ・・・。
それとは無関係に・・・。

忘年会のシーズンらしい。
私は勤める会社では、年末はそれこそ書き入れ時なので
忘年会をやっている余裕もなく、新年会は会社持ちで開催される。

入社してからもう27年ほど経過したが、会社関係の宴会の
幹事に任命されたことがほとんどないのは、私の性格の賜物でもある。

というのも、酒をそもそも飲まないから
幹事を任されてもどこにどのような店があるのかほとんど知らない。
これが致命的で、幹事など任せ様がないのである。


それでも!
20年ほど前のある季節、会社持ちで宴会をやるということになって
私の直接の上司○○次長がどういう訳か私を猛烈に幹事に指名したかったらしい。
この人物は酒が大好きでケチだった。
冗談は面白くなく、セクハラが得意で仕事が大嫌いだった。
どうして次長(そののちには部長)になれたのか、よくわからない人だった。

次長「君さあ、幹事やってくれよぉ。どこでもいいからさぁ。」
私 「あ、でもお店も知らないんで、そのへんの情報に詳しい人の方がいいと思いますよ。」
次長「いやぁ、ほんとにどこでもいいからさぁ。手配してよぉ。大丈夫だって。酒が飲めるところだったら
   いいんだからさぁ。」
私「いえいえ、でもお酒を飲む人に快適に過ごしてもらえるような店知らないんですよ。
  勘弁してください。」
次長「やれって言ったらやればいいんだよぉ!どこでもいいって言ってやってるのに!」
相手の声がどんどん大きくなると、こっちの声も大きくなるもんだ。
私「あ、そっすか!わっかりました!どこでもいいんですよね!」
次長「最初っからそう言ってるじゃん!」
私「わかりました!」


デスクに帰って、近くの部下の女性に
私「ちょっと電話番号調べてくれ。」
女子「はい?どこの?」
私「歩いてすぐのカプリチョーザ。」
女子「はぁ?!」
部下は次長とのやり取りが聞こえていたので、その流れにびっくりしたようだ。
女子「大丈夫なん?それで」
と言いながら女子はニヤニヤしている。
私「次長が何度も言ってたろ?『どこでもいいからさぁ』って。」



宴会当日、スタート1時間前に参加者全員(25人ほど)に行き先を発表した。

次長は激怒した。
次長「なんであそこなんだよ?!」
私「どこでもいいって何回言いましたっけ?!あの店にもワインもビールもありますよ!」
次長「他にいくらでも店はあるだろう?!」
私「どこでもいいんでしょうが?!」
次長「おい、今から変更しろ!」
私「じゃあ、幹事変わってください。当然店のキャンセルも先にやってくださいね!
  二度と幹事なんてやりませんよ。いや、また幹事になったらカプリチョーザかマクドナルドでやりますから。」


元々宴会なんて好きじゃないという人も半数ぐらいいたので
その人達からはカプリチョーザという選択を絶賛された。
あまり下品な雰囲気になりようもないし、早く終わるだろうから。

その他の人たちは、いきさつをしっているもんだから
この流れ自体を楽しんでくれたようだ。



次長は部長になったあと、3年ほどして会社をクビになった。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






GITANESを休止していても、風邪の治りは早まらない。
それとは無関係に・・・。


書いた日は閲覧が少なく、書かない方が閲覧数が上がる不思議な
ブログ、SGCでございます。いつもご覧いただき恐悦至極に存じます。



丁度たまたまそのタイミングだっただけだろうが、インフルエンザの予防接種を
した日からどうも体調が悪く、20日近くも調子が浮いたり沈んだりしている。

結構早い段階で医者にも行ったがあまり改善されず、20日の内に二回も
診察を受けた。珍しいことだ。

最初の医者など
「どうされましたか?」
「どうもインフルエンザの注射をしてから調子が悪くて。」
「あ、じゃあ風邪気味と重なったのかも。はい口を開けてください・・・。ちょっとのどが赤いね。
 はい聴診器当てます・・・。はい。ではトローチを処方しておきますお大事に。」

と、約20秒で締めようとされたので、
「いやいやいや、これって後で熱が出てきたりしませんよね。」

「ああ、そうですね・・・。では抗生剤も処方しておきましょう。はい、お大事に。」

あんた、何か深刻かつ緊急なな用件でもこの後に控えているのかよ(ごっつい下痢とか)と
思うような、非常にクイックな診察だった。


2回目の病院は一回目と同じ病院だったが違う医師だった。

「先週診てもらったんですが、あれから咳が止まらないんです。」

「どれどれ、口を開けてください・・・。はい聴診器・・・  はい、そこへ寝てください・・・
うん、それでは咳止めを処方しておきます。それと、アレルギーの疑いもあるのでその薬も
処方しておきます。それで止まらなかったらまた考えましょう。」

所要時間は2分だった。一回目より大幅に時間が拡大された。


さて、そのうちのひとつの薬を飲んでからフラフラし始め、
猛烈に寒気が襲ってきた。
体温は平熱。
早めに帰宅して風呂を用意し飛び込むが、まったく身体が温まらない。
もちろん風呂を出ても寒くて震える。
布団に入る。寒い。

すぐに意識をなくすように眠っていた。

夜中とんでもなく暑くなり飛び起きる。
あかん、ヒート〇ックきたまま寝ていた。
着替えたものの、結局暑いまま寝られず、朝を迎えた。

という状況だった。



ただ、その夜を境に咳込む頻度は間遠くなり
なんとなく風邪も終息に向かっているような気もする。



インフルエンザの予防接種で体調が悪くなるのか、医師に尋ねてみたが
「はい、それはありますね。この前もお年寄りで40度近い高熱が出た人がいて・・・」
という例を挙げられたが、私はまだ『お年寄り』ではないのだ、医者よ。




 





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


  




GITANESの先から魔法の煙が出る。
それとは無関係に・・・。


魔法使い という設定なのに杖(スティック)を使うのはどうしてだ?

という素朴な疑問を持っていた知人がいる。

彼の言い分は、
「魔法使いという設定のヤツがいて、魔法を操れるのに
どうして杖がいるのか?杖を持っていないと魔法が使えないのなら
結局魔力は杖に依存していて、魔法使い自身は大したことないんじゃないのか?」

ということらしい。

なので、
「数字に強いとされる公認会計士さんでも『電卓』は使うだろう。同じことだ。」
と言うと、

「お前のそのしょうもない喩えに納得しかけてしまう自分がいつも悔しい。」
と言われた。


私は間違っていない。




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ