the other side of SmokyGitanesCafe
それとは無関係に・・・。
 





GITANESを吸いながら乗っていたころが懐かしい。
というか戻りたい。
それとは無関係に・・・。

ここで何度も何度も何度も書いたことではあるが、
オープンカーというのは冬の乗り物である。
これは体験的感想であるから間違いない。

真夏の昼間ににオープンカーで走ってごらんなさい。
ほどなく暑さで気を失うだろう。
「風を受けていたら大丈夫でしょ?」と指摘されることもあるが
時速60キロで風がずっと顔やら体やらに当たっていることが
不快でなければやればいい。高速道路なら100キロ近い風だ。

大体、ドアのガラスを立てて、風巻き込み防止のパーツを稼働させたら
風は入ってこないのだ。
だから、冬でも大丈夫。
もちろん防寒着は着た方がいい。当たり前だ、冬だから。
そしてヒーターを効かせる。
風は頭上を通り抜けるばかりで、足元は温かくなってくる。
ホームこたつに入ったまま、時速60キロで走っているという想像が
できればもうあなたはオープンカーに乗る資格がある。


信号待ちで隣に並んだ原付のおっさんに
「寒いやろ?!」と言われたこともあったが、
「お前よりマシじゃ!」と本気で返事できる。
そう、バイクよりずっとマシだ。
「マシ」な程度なんだけど。

桜が散りそうなシーズンに、夜中その下をゆっくり走るのもいい。
夏でもかなりはやい時間帯、例えばゴルフ場に向かう早朝なども快適だ。
でも、好奇の視線さえ気にしなければ、冬の曇天(もちろん好天時も)は
意外なほど快適なのだ。


ディーラーから
「まもなく発表するオープンカーのお披露目と試乗会をやるから
いらっしゃい。」と電話があり、ついでにDMまで届いた。

まったく買う気がないのだが、そういう雑談をしていると
私の周囲にいる素敵な女性陣は
「買っちゃいなさいな。」なんて、渡り鳥の胸毛ほどの軽さで言い放つ。
「赤がよろしくってよ。」と付け加えられ、確かに買うなら赤だろうなあ
と、色に関しては同意しかけるが、
そもそも50のおやじが2座の真っ赤なオープンカーに乗ること自体が
いかがなものか、というよりついでにそもそも、買う気ないんだからな。







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70  



GITANESを吸いながら観たことはなかったが。
それとは無関係に・・・。

昔、鶴瓶上岡パペポテレビというテレビ番組があった。
熱心に観ていたし、録画までして繰り返し観たものだ。


ずっと後になり、いろいろ便利な世の中になってきた。
いま私の携帯機器には、その番組の音声データが山ほど入っている。
それを聴きながらトレーニングするし、チャリトレにもでかけるし
洗い物をするときもあるし、料理をするときもある。


とにかく、毎日毎日聴いている。繰り返し繰り返し。
つい数時間前も、ウォーキングにでかける時も聴いていた。

そのとき聴いたのは、鶴瓶氏上岡氏が自分たちの弟子について
面白おかしく寸評していた放送回だった。

自分の弟子の一人を評して、上岡氏は
「あいつはまあ、70歳ぐらいになったらオモロなるんちゃうか。」
とのことだった。もちろん冗談だっただろう。




数時間後、つまりついさっき、その弟子「テント」氏の死去(事故死)をネットのニュースで知った。

65歳だったという。

あと5年、あと5年後を観たかった。

ある意味、もうあれを超えるような芸人は出ないだろう。



※追記
ニュースに接したのはウォーキングの後だったが、実際に事故発生は
それより前だったようだ。
テント氏が亡くなったことを知らずに、PAPEPOのその放送回を聴いたことになる。
どちらにしても、イヤなことには変わりない。




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GITANESで連想するのはアランドロンか、紅の豚か?
それとは無関係に・・・。

このシャツを着たときは、ちょっと襟の後ろを立ててみよう
と思うと、必ず「レンホーみたいだな・・・」と連想してしまう。

このローファーは素足で履こうか と思うと、
必ず「ジュンイチみたいだなあ・・・」と考えてしまう。

あれをやってみようとしたら必ず彼を思い出し、
あれはどうだろうかと考えると、必ずあの女性を思い出す・というような例は他にもある。
どれも悉くネガティブな方向だ。


どういう訳なんだろうか。

レンホーもジュンイチもかっこいいのになあ。







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GITANESは「夜汽車」の時代なら吸っても良かったんだろう。
それとは無関係に・・・。


「夜汽車に揺られて」という言い回しがある。
よく聞く言葉でもある。
冷静に考えると「夜汽車に揺られる」のは、非常に限定的な
状態なのに、それでもよく耳にする言葉だ。

夜じゃなくても汽車は揺れるだろうし、電車でも揺れる。
しかし、「朝電車に揺られて」という言い回しはしないし
決してそんな表現が根付くことはない。



最初にこの言葉を使ったのが誰だったのかは知らないが
それほど昔のことではないだろう。
少なくとも、「汽車」が発明されたとき以降の話だ。
蒸気機関車の発明は1800年ごろだったらしいから、
約200年以内ということか。


実生活で「夜汽車に揺られて」と口にしようとするなら
文字通り夜汽車に揺られる必要があるのだが、これから先そんな
可能性があるのだろうか と考えてみたのだが、
どうもこれは実現しなさそうな気がする。

最大の理由は近くに汽車が走っていない。
揺られたくても、どこで乗っていいかわからないのだ。


次に、「夜汽車に揺られ」ようと思ったら夜のうちに出発という
ことになる。
到着してもまだ夜だったら、そんな時間帯にどこでなんの用があるのだ?
ということだ。
また、到着時はもう朝になっているとしたら、眠くて何もできない気がする。
そもそも、夜汽車に揺られるということは目的地は国内だろうから、
一番早い飛行機で行けば、夜汽車に揺られながらやっと到着するような
距離に一足飛びでたどり着けるはずだ。

と、諸々を考えると「夜汽車に揺られる」のは、夜汽車に揺られるために夜汽車に乗った場合
である可能性が限りなく高い。
手段と目的が入れ替わってしまっている。


過去、一度だけ夜汽車に揺られたことがあったなあ と思い出したが
あれは電車だった。
でも、それなりに揺られた。
だからって何も感じないのは、そもそも鉄道になんの興味もないからだろう。

じゃあなんで夜汽車に揺られる問題 なんてことを書き始めたのかと問われると、
まったく自分でもわからない。






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GITANESがなくてもパーティーで苦しくないなんて
慣れるもんだなあ。
それとは無関係に・・・。


会社のVIP退任パーティー。
夕方からのパーティーだったが、その時間帯ではまだまだ
各拠点では仕事の真っ最中なので、人選して30名ほどで集まる。
某レストラン貸し切りでドレスコードは
「女子は自由にオシャレする。男子はダーク系スーツ、ドット(水玉)タイ着用。
チーフ必須、色自由。送る側・ホスト側であることを忘れない。」と決めていた。
一応洋服関係の会社なので、こういう時には統一できる。
洋服で特別な「縛り」をかけられ、それに応えるのが仕事上での技量でもある。
手持ちがなければ自社で買えばいい。

ドット(水玉)の意味は、「惜別の涙」という設定だ。



いいパーティーだったと思う。

あのように送られる人物は、しばらくいないだろう。











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GITANESをまだ吸ってたなあ、あの頃は。
それとは無関係に・・・。

結構ユニークな人物を輩出しつづけることで
(私の中では)定評のある某信用金庫。

今日所用でその本店へ入ろうとしたら、入れ違いで出てきた人に
声をかけられた。

「あ、SGCさん?」
「あ、Iさん。お久しぶり!」

10年以上前に融資の件でお世話になり、その後彼の異動で疎遠になっていた
職員さんだった。

Iさん「最近ここへ異動してきたんです。お顔をお見かけしてたんですが、
    なかなかご挨拶するタイミングがなくて・・・。」

と、現在の名刺もいただいた。

私「あ、そうですか。じゃあ、最近お世話になっていたKさんは?」
Iさん「Kは異動で、ちょっと遠方へ行きました。」
私「ああ、そうでしたか。」


いろいろとお世話になったKさんは異動で、出身地の支店へ
異動したとのことだ。

私「じゃあ、これからはちょっとお聞きしたいことなんかあったら、
  あなた(Iさん)に尋ねたらいいですね?」

と何気なく尋ねると

Iさん「うーーーーーーーーんんん・・・・」
と盛大に首を傾げられた。



あのなあ、そんな超ややこしい無理難題をふっかけるようなこと
今までもやったことないでしょうが。

やり取りがいやなら、スルーしてくれればよかったのに。
名刺はなぜ渡したのか?


いやあ、さすがに人材の宝庫。



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GITANESには再度手を出す。確実に。
それとは無関係に・・・。


現在やこの先、いくら流行っているといっても決して手を出さないであろうモノ。


半ズボン(ショーツ、ショートパンツ)。

アイフォン

リュックサック。背負いカバン(自転車乗る時除く)。

極短ジャケット

ティアドロップのサングラス

並んで入るラーメン屋。

ミニバン。





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パン  




GITANESは会社が変わったとき品質もモロに変わったなあ。
それとは無関係に・・・。


ヤマザキナビスコと言えばリッツやオレオだ。
しかし、それらの国内生産が終了したという。
これからはインドネシアで生産されるリッツと中国で生産されるオレオを、
ライセンスをもった会社(ヤマザキではないらしい)が輸入して日本国内で販売するらしい。


なんとなく、できることなら国産品を食べたい私としては
「ああ、もうリッツパーティーもできなくなったのだなあ・・・。」
と感慨深い。
リッツパーティーなんかやったことないのに。


それにしてもヤマザキ。

春のパン祭りとリッツパーティー。

やるなあ、ヤマザキ。




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GITANESの煙も一瞬で吸い込むか。
それとは無関係に・・・。

昔行ったことがあったというだけの理由で某焼き肉店へ行ったら
バイキング主体になっていてそこそこ高い料金を払ってちょっとずつ
オーダーの肉が運ばれてきてソーセージなんか鉛筆ほどの太さで
いやあなかなか肉の味が斬新だなあてな感じでその場で家人に指摘されたのは
「なんでずっと半笑いなのよ?」ということだったがその指摘が的を射ていて
さらに半笑い状態は続くし肉は薄いし小さいし味がなかなか探さないといけないし
とにかく読点を忘れるほど伝えたいことがたくさんあるがあんまり書かないのは
面倒だからだ




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GITANESは個人主義の現れとしか言いようがない。
それとは無関係に・・・。

伏せる必要もないんだが、某コンビニのグリーンカレーが気に入って
機会があればそればっかり食べていたが、数日前からその姿が消えた。
それに代わって「アジアンライス」的なものが登場したんだけど
まあこれは1回で「はい、わかりました。そうですか。」という味だった。


昨日も陳列棚にはグリーンカレーはなく、仕方ないので
「冷やしたカレーうどん」という、奇怪な品を買った。


このひやしうどん、この上なく強固にほぐれない。
ほぐれないこと岩の如し。
カレー出汁を全体にかけているのに、ほぐれないほぐれない。
なんとかほぐそうと、箸を突き立ててぐるぐる回すが
うどんは一塊になったまま、容器の中をぐるぐる回る。
45回転のレコード盤のようだ。
仕方ないので、ある程度麺を切りながらほぐそうともしたが
切れない切れない。ほぐれないほぐれない。
このうどんの結束力たるや、他に例を見ない。
我々は腐るまで一心同体だ! という心持ちなのだろう。
この麺一本一本にとっては、解散などあり得ないのである。


結局どうしたかというと、
箸でこの結束力抜群のうどん群を持ち上げ、よこから齧りました。



味については
例えば「コモドドラゴンのしっぽをハチミツ漬けにしたものを
タコ糸で縛ってオーブンで焼いたものをダシにしたスープ」と言われたら
『え、どんな味だろう?』と想像力の翼も広がるというもんだが、
「冷やしカレーうどん」という商品なのだから、
「冷やした」「カレーの」「うどん」の味がした。
この味を想像するのに、想像力など要らない。

買ってみる価値は大。

この結束力を見よ。




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pky  




GITANESの本数を控えようとしたことは一度もなかった。
それとは無関係に・・・。



朝食はヨーグルトと少量のパン。

昼は麺。

夜は白菜と豚バラの鍋。ごはんは軽く1膳。

食後、スイカ数切れ。

ポッキー。



あ、なんとなくポッキーが余分だと思う。




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GITANESの味を再現するのは、人力でないと無理。
それとは無関係に・・・。


医師がなかなか本当の病気を見つけられなかった患者について
人工知能が数分で「これは○○という病気とちゃうか?」と
見事に言い当てた というニュースを読んだ。
すごい時代の到来だ。

かと言って「病気にならない」時代になる訳ではないが
正しい道筋を短時間でつけることができるとしたら、
「いろんな病気が治る」時代になる。


ところで、いつもこういうニュースやAIに関するネタを見て
思うのだが、
AI同士が将棋の対戦をするとして(何の意味があるか知らんが)、
双方のAIがずっとすっとずっと先を読みまくって
対局がまだ始まらないうちに片方のAIが

「マイリマシタ・・・」

てなことにはならんのだろうか?





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五輪  




GITANESの記憶が薄れてきて寂しい限り。
そろそろ復活か。
それとは無関係に・・・。

○年齢を重ねるごとにどうでもよくなってきたオリンピック。
正確に言うと、メダルを獲得したかしなかったか がどうでもよくなってきた。
競技をテレビで観て「すごい!」とか「何食うたらあんなことできんねん?!」なんて
純粋な驚き方はまだまだできている。

○非常に身近な人で、過去にオリンピックに出そこなった人が二人いる。
それぞれ1960のローマ、1980のモスクワである。
前者は強化選手になっていながら直前の選考に漏れた(負けた)。後者は日本が
オリンピックをボイコットしたから出られなかったのだ。
前者は私が生まれる前だから、本人からその様子を聞いただけ。
後者のケースは、その悲嘆を目の当たりにした。
前者は後者の師匠格の人間だった。もちろん同じ競技だ。
モスクワボイコットが決まったとき、後者は前者を訪ね「納得がいかん!」と
ずっと嘆いていた。

○やがて後者は奮起したのだろう、1988ソウル、1992バルセロナに出場した。
残念ながらメダルは獲得していない。1桁の順位にも入っていない。
それでも、私がごく小さい子供のころ、会うたびに非常に可愛がってくれたおじさんだ。
そういう人がオリンピックに出た というのが、なかなか得難い経験だと思う。

そして、今開催中の五輪でも全選手が実はすごい奴揃いで、それぞれの国内ですでにすごい戦いに
打ち勝ってきたんだ という事実をイメージしやすい。

ついでに言うと、「前者」とは私の亡父である。
いくつもの競技会のメダルやトロフィー、カップが残されているところをみると、
国内ではそれなりに強かったのだろう。


○さて、女子レスリングの吉田が敗退した。
敗退と言っても彼女の上には現在のところ、地上に一人しかいないんだけど。

○それでも彼女がいちばん納得していないだろう。

○これは単なる伏線だ。東京オリンピックでまた頂点に立つというシナリオの伏線になった。

○と書いていて、「いやあ、多分ほんとうにそうなるんだろうなあ・・・」と感じられ
今から鳥肌が立つ。






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短報  



GITANESのサイズにもはじめは違和感があった。
それとは無関係に・・・。


○できるだけ緩い(矯正度の)眼鏡で過ごしたいが、クルマの運転や
ちょっと離れたものやテレビの画面を見るときは、やはりきっちりフィットした矯正度の
眼鏡でなければ不便だ。タレントの顔など見えなくても困らないが、文字が見えにくいと
ストレスを感じる。
でも、それで一日中過ごすのはどういうわけかイヤなもんだ。
だから、運転用の眼鏡とデスクワークの眼鏡、家でだらだらしているときの眼鏡は
すべて度が違っている。ついでに、自転車にのるとき・ゴルフをするときの眼鏡も
度が違っている。
まあ、それぞれ入れ替わってもそれほど問題はないのだが、クルマ運転のときだけは
「緩くてもOK」というわけにはいかないので厳密に使い分けている。
気分転換にもなるし、本当は使い分けがそれほど煩わしい訳でもない。


○何度か書いたことがあるが、眼鏡を買ったときに貰える眼鏡拭きの布、
どうしてあんなサイズなのだ?小さすぎる。そっちのストレスのほうがよっぽど大きい。
注意を払いながらレンズを拭いても、布のサイズが足りないもんだから
つい指がレンズにあたってしまう。それでレンズ拭き作業のやり直しだ。
以前は「バスタオルぐらいの大きさのレンズ拭きをくれ!」と書いたこともあったが
本当にそんな巨大レンズ拭きなど要らぬ。置き場所に困るからだ。
でも、せめてハンカチ大ぐらいのサイズが欲しい。

○一度眼鏡店でその苦情を言ってみた。
「なんであのクロスは小さいのだ?あんな部分でケチっちゃいけない。
 本当にイライラするのだ。」
と言うと、老主人はおもむろにクロスを私に差し出した。

「ああ、なるほど。じゃあ3枚あげるよ。」


そういう問題ではない!




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itata  




GITANES嗜好によるストレス解消度は、当然計測不可能。
それとは無関係に・・・。

仕事が終わり、クルマの運転席へ乗り込もうとしたときに
どういう訳か腰に激痛。
ただし、これがきっかけになった訳ではない。正確に言うと
「もうすでにしばらく前から痛かったんだけど、座ったときにそれに気づいただけ」
という感じだった。


帰宅後痛みのチェックをしたが、歩行にはなんら影響なく、
腰を捻る動きも阻害されない。
ただ、座ったりしゃがんだりするのが辛く、いったん座ると今度は
立ち上がるのが難儀だ。

おまけにどういうわけか熱が出てのども痛くなる。

どうしようもなく布団にゆっくりゆっくり潜り込む(痛いからそんな動きになる)。
じっとしていたらなんともないが、痛くて寝返りができない。
トイレに行くのが辛そうだから、水分摂取も控えてしまう。
後でわかったが、この「水分を控える」というのが悪影響だったらしい。


翌朝、やっぱり腰には激痛が走り、のどの痛みも改善されず熱もある。
一日中立ち仕事の予定だったがキャンセル。
ほぼ寝たきり、しばらくしたら起きたきり という状態を終日続ける。


その翌日はどうしても出なければならないミーティングに出かけ
そのミーティング中にも事態が悪化してきたので、終了後に早退。

もうすでに一般的な病院の午前診療時間を過ぎていたので、一旦帰宅。

自宅近くの整形外科へ行くことにした。

クルマに乗り込むのが億劫だったので、ミニバイクで向かったのだが
これがまあ完全に裏目に出た。
道路の窪みにはまるたびに腰が悲鳴を上げ、ついでに口からも悲鳴が出る。
「ひゃー!ひゃー!」と言いながら10分走って病院へ。


病院はガラガラ。待合室にはほとんど誰もいなかった。
「暑過ぎてお年寄りが来ません」ということらしい。

レントゲンを撮られまくり、いろんな姿勢を取らされまくり
診察が終わったらリハビリ室へ行くように促された。

生まれて初めての(他人による)マッサージとストレッチだ。


伸ばされまくり、揉まれまくって30分。
急に腰の痛みが改善されることはなかったが、まあ効いてくるのだろう。


さて、熱がある場合はマッサージを受けてはならぬ という基本的な考えが
欠けていた私は、当然のようにますます辛くなってきた。熱が高くなったのだろう。
のどの様子も改善されていない。

整形外科の階下にたまたまあった内科に入った。
こちらもガラガラだった。後で家人に訊くと「あそこは年中ガラガラ」ということだ。


あら、のどが赤いなあ、熱があるなあ、血圧高いなあ と色々言われ
何種類かの薬を処方された。


ミニバイクで「ひゃー!ひゃー!」言いながら帰宅。
体温は38度を超えていた。


結論的には「風邪と腰痛」だったようだ。


わかったことがいくつかある。

○腰痛のときにはミニバイクはやめたほうがいい。
○あんまり暑いと、病院は空いている。
○熱があるときマッサージを受けたら、どこまでが本来の体温なのかわからなくなるので
 気はラクだが身体はきつい。
○セブンイレブンのグリーンカレーは意外に美味い(上記に登場してないが、病院へ行く前に食べた)。









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