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サムエル記第二11章27節、12章9,13~14,24節

2017年02月22日 06時53分23秒 | 聖書


★ 喪が明けると、ダビデは人をやり、彼女を自分の家に迎え入れた。彼女は彼の妻となり、男の子を産んだ。しかし、ダビデの行ったことは主のみこころをそこなった。
★ それなのに、どうしてあなたは主のことばをさげすみ、わたしの目の前に悪を行ったのか。あなたはヘテ人ウリヤを剣で打ち、その妻を自分の妻にした。あなたが彼をアモン人の剣で切り殺したのだ。
★ ダビデはナタンに言った。「私は主に対して罪を犯した。」ナタンはダビデに言った。「主もまた、あなたの罪を見過ごしてくださった。あなたは死なない。しかし、あなたはこのことによって、主の敵に大いに侮りの心を起こさせたので、あなたに生まれる子は必ず死ぬ。」
★ダビデは妻バテ・シェバを慰め、彼女のところに入り、彼女と寝た。彼女が男の子を産んだとき、彼はその名をソロモンと名づけた。主はその子を愛されたので、

■O:今日のコラム
しゃろーむ!2月21日の朝です。今日1日も、主に目を向け、どんなことでも主に聞き、聴き、従っていきましょう。主のことばを大切にしていきましょう。そうでなければ、僕らは、主の目の前に悪を行うことになるからです。

あのダビデさんが、主のみこころをそこないました。あんなにも主を愛し、主にたえず聴き従っていたダビデさんが、恐ろしい罪を犯しました。そのきっかけは、夕暮れ時に起き上がることでした。

『主よ。朝明けに、私の声を聞いてください。朝明けに、私はあなたのために備えをし、見張りをいたします。』(詩篇5章3節)

今回は詩篇5篇のダビデさんとは違います。ダビデさんの軍の将軍ヨアブさんと家来たち、イスラエルの全軍が戦いに向かっていた時、しかも勝利間近となっている時に、ダビデさんは、夕暮れ時に起き上がったのでした。完全なる油断です。主への甘えなのかもしれません。主が勝利してくださることへの慣れかもしれません。主への信頼ではありません。そんな時に誘惑がやってきます。

その誘惑が来る度に、いつもならば主に祈り求めてから決断するダビデさんは、今回は自分勝手な判断で事を決めていきました。隠してはいけないことを隠そうとしていくとき、さらに大きな誘惑がやってきて、さらに大きな罪になっていってしまうのです。

小さな事からコツコツと、僕らが、主に聞き、聴き、従っていくことが重要です。イエス様がこの地上で歩まれた時も、天のお父さんに絶えず聞き、聴き従っていました。

『イエスは彼らに言われた。「わたしを遣わした方のみこころを行い、成し遂げることが、わたしの食物です。』(ヨハネの福音書4章34節)

『わたしには、あなたがたについて言うべきこと、さばくべきことがたくさんあります。しかし、わたしを遣わした方は真実であって、わたしはその方から聞いたことをそのまま世に告げるのです。』(ヨハネの福音書8章26節)

『さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。』(マルコの福音書1章35節)

『群衆を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた。』(マタイの福音書14章23節)

『またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」』(マルコの福音書14章36節)

イエス様は、朝も夕も夜中でも、天のお父さんのみこころを求めておられました。イエス様ご自身が、この世での過ごし方の見本を見せてくださいました。天のお父さんを求め続ける心の貧しい者としての見本を見せてくださいました。だからこそ、天の御国はイエス様のものなのです。そして、この救いを御自身の十字架と復活の勝利によって、僕らに与えてくださるのです。イエス様の十字架の血潮によって、大胆に天のお父さんの元に行くことができます。

『こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所に入ることができるのです。』(ヘブル人への手紙10章19節)

主は、僕らの一つ一つの行動を大切に取り扱います。僕らが、主のために主の御言葉を求めていく時と、そうでない時とでする選択において、それぞれの実を結んでいきます。ウリヤさんの妻がダビデさんに産んだ子は、主が打たれたので病気になりました。しかし、あわれみ深く恵み深い主は、ダビデさんの「妻」バテ・シェバさんに主に愛される子供、ソロモンを誕生させてくださいました。

主は、僕らに豊かな実を結ばせてくださいます。だから、絶えず主に聞き、聴き、従っていきましょう。悔い改めるべきことが示されたなら、すぐに悔い改めていきましょう。主を求めていきましょう。

『神へのいけにえは、砕かれた霊。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。』(詩篇51章17節)

■A:考えてみよう
主に絶えず聞き、聴き、従えるように祈っていきましょう。
詩篇51篇を朗読しましょう。

■P:祈り



イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

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