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マタイの福音書18章18~20節

2017年05月19日 06時55分50秒 | 聖書


★まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです。まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」


■O:今日のコラム
旧約聖書において、主は契約の箱の上のケルビムの翼の間から語られました。一体の御使いケルブではなく、二体の御使いケルビムが一致して羽を広げる真中に主の力ある臨在が顕されたのでした。それは、教会における一つの型と言えます。

現在、旧約聖書時代に用いられた契約の箱がどこにあるかは分かりません。しかし、私は新約聖書時代に主が用いておられる契約の箱を知っています。それは私達一人一人です。パウロは私達が主の神殿であり、主の宮である事を聖書に書き記しました。かつて契約の箱が運ばれて行く場所に主の臨在がもたらされた様に、現在は私達が行く場所に主の栄光が運ばれて行くのです。ですから、私達一人一人は、職場や学校、街々や国々に主の臨在を運ぶ器なのです。

そのように教会は運ばれ、遣わされて行く性質があると同時に、一つの地域教会に集まり共に主を礼拝し、神の家族として形成されて行く、集まる教会を建て上げて行く事も同じく大切です。遣わされて行く教会(私達の日々に歩み)と、集まる教会(日曜礼拝や祈り会)の両方が正しく機能する事を通して教会は、地の塩、世の光としての働きを行う事が出来るのです。

では、それぞれの地域教会を通して御国の栄光がこの地に輝く為に、私達に求められている事は「一致」する事です。福音書における主イエスのメッセージのメインの内容は「神の国」についてです。しかし、福音書の中で主イエスが「教会」と語った場所は二箇所しかなく、マタイの福音書16章と18章のみです。いずれも教会は、天の御国の鍵を持って暗闇を閉じ、天を開く場所である事が記されています。その鍵を用いる方法は二人、三人の一致した祈りです。
一致した教会の前には黙示録3章に登場するフィラデルフィアの教会の様に(フィラデルフィアとは兄弟愛を意味する)、誰も閉じる事が出来ない扉が開かれていきます。今日共にそれぞれの所属する地域教会の一致、置かれた街の教会の一致、また日本の国の教会の一致に為に祈りましょう。


■A:考えてみよう
上記のマタイ18章18節~20節の御言葉を朗読して、教会の一致の為にとりなし祈りましょう。


■P:祈り



イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

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