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マタイの福音書17章17節(エゼキエル書17章)

2017年05月18日 06時33分24秒 | 聖書


★イエスは答えて言われた。「ああ、不信仰な、曲がった今の世だ。いつまであなたがたといっしょにいなければならないのでしょう。いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。その子をわたしのところに連れて来なさい。」

マタイの福音書17章20節
★イエスは言われた。「あなたがたの信仰が薄いからです。 まことに、 あなたがたに告げます。 もし、 からし種ほどの信仰があったら、 この山に、 『ここからあそこに移れ』と言えば移るのです。 どんなことでも、 あなたがたにできないことはありません。」


■O:今日のコラム

イエス様は子どもの中から悪霊を追い出すことの出来なかった弟子たちに対して、上記(マタイ17章)のように語られました。イエス様は単に弟子たちの不信仰を嘆かれただけではありませんでした。イエス様は、やがてご自分が十字架に掛かられ、復活され、昇天されることを知っておられました。御自分の昇天のことを思うにつけ、後に残される弟子たちの信仰が確かなものになって欲しいという主の切なる願いが、この言葉に込められていました。

ヘブル3章1節でイエス様のことが「信仰の使徒」と書かれているように、イエス様は自らをもって「信仰」というものが、どういうものかをあらわして下さったお方です。
イエス様の信仰、イエス様が示して下さった信仰とは何でしょう。
それは、御子イエス様が御父に対してもっていた「絶対的な信頼」と「従順」です。イエス様は天の父にすべてを委ね信頼し、また完全に従い通すことによって、「信仰」というものがなんであるかを私たちにあらわして下さいました。そのことのゆえに、イエス様は「信仰の創始者(信仰を始めて下さった方)」と呼ばれるのです。(ヘブル12:1)

「信仰」というと、何か特別なもののように聞こえますが、先程も書いたように、信仰は御父に対する「信頼」、御父との信頼関係です。そして、父を信頼し、父を愛するゆえに生まれる「従順」です。イエス様の御父に対する信頼と従順はヨハネの福音書の中で多く見ることが出来ます。
「そこで、イエスは彼らに答えて言われた。『まことに、まことに、あなたがたに告げます。子は、父がしておられることを見て行う以外には、自分からは何事も行うことができません。 父がなさることは何でも、子も同様に行うのです。』」(ヨハネ5:19)
「『わたしが話していることは、 父がわたしに言われたとおりを、 そのままに話しているのです。』」(ヨハネ12:50b)…etc
そして何よりも、イエス様は十字架の死にまでも、従順されました!

私たちはどれほど、御父を信頼しているでしょうか。神御自身である御言葉をどれほど信頼し、書かれていることに従順しているでしょうか。主の言われる「不信仰」それは、言い換えるなら「主を信用していない。御言葉に従っていない。」ということです。

イエス様は花婿として、花嫁を迎えに来たいと願っておられます。今日、イエス様は弟子たちに願われたように、私たちのうちに信仰が確かなものとなって欲しいと、願っておられます。「からし種ほどの信仰」それは、人には立派に見えませんが、シンプルに御言葉に書かれていることが真実だと信頼する信仰、そしてイエス様に従い、主ご自身である御言葉に従う信仰です。私たちの信仰は人に見せるためのものではなく、神を喜ばせるものです。
「信仰がなくては、 神に喜ばれることはできません。」(ヘブル11:6a)


「信仰の創始者であり、 完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」(ヘブル12:2) 信仰を私たちに示し、始めて下さったイエス様は、私たちの信仰を完成して下さるお方でもあります。御言葉を読み、祈ることを通してイエス様を見つめ続け、主と交わることによって主との信頼関係、愛の関係を深め「信仰の使徒なるイエス様」がもっておられた信仰(主への信頼と従順)を私たちもさらに求めていきましょう。

「聖書はこう言っています。『彼に信頼する者は、失望させられることがない。』」(ローマ10:11)


■A:考えてみよう

自分はどれくらい主を信頼しているだろうか?自分の経済力とみことばのどちらに信頼をおいているだろうか?
自分はみことばに従順しているだろうか?ただ、聞くだけの者になっていないだろうか?


■P:祈り

主よ、私の信仰はあなたに喜ばれるものでしょうか?私の心を探って下さい。信仰があるといいながら、あなたを信頼していなかったことを悔い改めます。御言葉に書かれていることと自分の生活が別物になっていたことを赦してください。日々の歩みの中で、もっと天の父に信頼することを教えてください。あなたの愛に信頼にすることを教えて下さい。あなたが最善を成して下さる方だと信頼することで、従い通したイエス様の信仰を私のうちに求めます。そして、私のたましいは告白します!「神なる主よ。あなたは、 私の若いころからの私の望み、 私の信頼の的です。」(詩篇71:5)

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

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