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◆みことばに心を留める者は幸いを見つける。

2017年05月05日 16時15分17秒 | 聖書
主に拠り頼む者は幸いである。(箴言一六・二〇)
知恵は人の真の力である。人はその導きによって、自分の生きている目的を最もよく果たすことができる。人生のさまざまな事柄を賢明に処理することは、人に豊かな喜びを与え、その能力に対して高尚な役割を提供する。したがって彼は、最も深い意味において益を得ることができる。知恵がないならば、人は、しつけられていないろばの子のようにむやみに飛び回り、役に立つはずの力を浪費してしまうのである。
知恵は、人が道のない人生の荒野を旅する時に、進路を決定する羅針盤である。それがなければ彼は漂流船のようであり、波風にもてあそばれるほかはない。このような世にあって、人は思慮深くあらねばならない。さもなければ、何の益も得られず、さまざまな悪に悩まされるのである。巡礼は細心の注意を払って歩かないならば、人生の森のいばらで足をひどく傷つけるであろう。盗賊の出る荒野を行く者が安全に旅しようとするなら、賢明でなければならない。もし偉大な教師である神に訓練され、神の導きに従うなら、この暗い仮の住居にあっても、私たちはエデンの園で集められたすばらしい果実を見つけ、この世でも楽園の歌を歌うことができる。
しかし、このような知恵はどこで得られようか。多くの人々は、それを夢見てきたが、所有することはできなかった。どこで私たちはそれを学ぶのであろうか。主の御声に耳を傾けよう。主がその奥義を宣言されるからである。主は人の子に、どこに真の知恵があるかを啓示された。それは、「主に拠り頼む者は幸いである」との聖句の中にある。物事を賢明に処理する真の道は、主により頼むことである。これは人生の最も複雑な迷宮を解決する確実な手がかりである。それに従え。そして永遠の祝福を得よ。主により頼む者は、霊感によって認可された知恵の免状をもつ。彼は今幸福であり、後に天上にあっては、さらに幸福なのである。
主よ。この静かな夕べに、私とともに花園を歩み、信仰の知恵を教えてください。
 
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