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1コリント15章31節

2017年06月14日 09時24分42秒 | 聖書


★兄弟たち。私にとって、毎日が死の連続です。これは、私たちの主キリスト・イエスにあってあなたがたを誇る私の誇りにかけて、誓って言えることです。


■O:今日のコラム
使徒パウロは毎日が死の連続と言いました。彼は誇ろうと思えば、たくさん誇れることがあったと思います。自分が受けてきた教養、学歴、働き…。しかし、パウロは人生の生涯をイエス・キリスト、十字架だけを知ることに決心しました(1コリント2:2)。これがパウロが宣べ伝えてきた福音です。そして、次のように言っています。

「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。」(ガラテヤ6:14)

もし、私たちの内にイエス・キリスト、十字架以外に誇ろうとするものがあるなら、私たちは悔い改めなければなりません。人と比べてしまう自分の弱さ、自分の正しさ、自分の義を毎日十字架につけて、死と葬りを体験することを選び取っていきたいと思います。痛みや苦しみを通りますが、私たちが栄光から栄光へと主の似姿に変えられる、その復活の力を味わうために通らなければならないのは、十字架の道であることを覚えます。

パウロが「私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。」(ピリピ3:10~11)と願ったように、私たちもへり下りと従順を持って、この十字架の道を歩み、復活を体験する者となりたいと思います。

「もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。」(ローマ6:5)



■A:考えてみよう
毎日、私たちはキリストにあって死と葬り、復活の力を体験していきましょう。自分の内にある罪、あらゆる誇りや高ぶりに死に、この人生をかけて、キリストの似姿へと変えられ続けていくことが出来ますように。


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