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◆私たちが神のうちにおり……。

2017年05月06日 08時32分09秒 | 聖書
(Ⅰヨハネ四・一三)
あなたは、たましいの住居がほしいか。その価を尋ねるか。それは高慢な者が払いたいと思う額よりも少ない。価がなく、金もいらない。ああ、あなたは相当な家賃を払いたいと言うのか。キリストを得るために何かをしたいと言うのか。それでは、あなたはその家を得ることはできない。なぜなら価はないからである。あなたは主の家を無料で永久に借り、永遠に主を愛し、ただ主に仕えるのみで、何の家賃も払わずに借りたいとは思わないか。
イエスを得て「神のうちにおる」気があるか。見よ。この家にはあなたの望むものは何でも備えられ、あなたが一生かかっても使いきれない富で満ちている。ここであなたは、キリストとの親しい交わりに入り、キリストの愛を楽しむことができる。ここにはあなたが永久に暮らせるだけの食物を盛るテーブルがある。疲れたら、あなたはイエスとともに憩い、そこから天国の眺望をほしいままにすることができる。この家をもちたいと思わないか。もしあなたが宿なしならば、「その家をもちたいが、もってもよいだろうか」と言うだろう。あなたはもつことができる。かぎは「イエスに来る」ことである。「しかし、その家に住むには私はみすぼらしすぎる」と言うか。心配はいらない。衣装は中に備えられている。もしあなたが罪を犯したと感じ、有罪であると感じるならば、その家に来い。家が立派すぎると思えても、キリストはあなたをだんだんにその家にふさわしい者とされる。主はあなたを洗いきよめられる。そしてあなたは「私たちが神のうちにおり……」と歌うことができるのだ。
主にある友よ。こうした家に住むことにより、あなたは無上の幸いを得、永遠に安全な「堅固な城」に住む特権を得る。「神のうちにおる」ことにより、完全かつ安全な住居を得た。しかもその住居は永久不変である。世界が夢のように溶け去る時も、私たちの家は大理石や花崗岩のように堅固で何の害も受けない。それは神のように独立的に存在する。なぜなら、それは神ご自身だから――「私たちが神のうちにおり……」。
 
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