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ピリピ3章12節

2017年06月20日 08時16分01秒 | 聖書


★私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。


■O:今日のコラム
今日の題名は「一心に見つめるもの」です。私たちは見るもの聞くものから影響を受けますが、特には目に入ってくるものから影響を受けるものです。何を心に入れているかが外側に出るので、注意しなければならない!というのは当たり前のことでしょう。しかし、私たちはそこに留まっているだけでは成長することはありません。

「もし、目の明かりが暗ければ、あなたの全身が暗いでしょう。それなら、もしあなたのうちの光が暗ければ、その暗さはどんなでしょう。」(マタイ6:23)

光が暗い...そんなことってあるのか!?となんとも興味のある御言葉ですが、つまりは内にあるものが外側に出るということなのです。

ピリピ書はパウロがテモテを伴ってから書かれた書ですが、パウロはテモテを育てるにあたって、御言葉と実践を教えました。パウロの姿からテモテはキリストについて学んだことでしょう。パウロが求めていたものは、イエス様ご自身であり、また教会が完成された花嫁に成長することでした。そして、そのような日々の歩みの中でシンプルなことを見出しました。それが今日の御言葉です。

「私は、すでに得たのでもなく、すでに完成されているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。」(ピリピ3:12)

パウロにもこの世における目標はたくさんあったと思います。しかし彼は「うしろのものを忘れ、ひたむきに...」と言っています。すなわち彼はこの世での目標や働きを思いつつも、絶えず天にあるものと報いを見つめ続け、主イエスを目標とし、主イエスから目を離しませんでした。

「兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、…」(ピリピ3:13)

私たちもこの世においては、人生の目標を持ちつつも、パウロのように主イエスから目を離さず天を一心に見つめる生き方が必要です。




■A:考えてみよう
キリストが私を捕らえてくださった。なんという力強いことでしょうか。キリストが捕らえてくださったなら、私たちはキリストに似ていく者となるべきではないでしょうか。私たちの目標を今一度考え直し、主が何を願っているか御言葉に立ち返りましょう。



■P:祈り



イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

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