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◆イエスは彼らに言われた。

2016年10月16日 08時28分37秒 | 聖書
「さあ来て、朝の食事をしなさい。」(ヨハネ二一・一二)
「さあ来て、朝の食事をしなさい」とのことばは、同じ食卓、同じ食物を意味する。そして時に肩を並べて座り、私たちの頭を救い主の胸にもたせかけることを意味する。それは私たちを贖いの愛の旗がひるがえる饗宴の席に連れて行くことである。
このことばは、私たちにイエスと一体になるというビジョンを与える。イエスと共に食事をする時、私たちが食することのできる唯一の食物はイエスご自身だからである。ああ、なんという結びつきか! 私たちがこのようにイエスを食するという真理は、とうてい理性をもっては測ることができない。「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。」
イエスのこの招きは、また聖徒たちとの交わりを楽しむためのものである。クリスチャンはみな、一つの霊的食欲をもつ。私たちはみな同じように感じることができなくても、同じように天から下ったいのちのパンを食することができる。イエスといっしょの食卓において、私たちは一つのパン、一つの杯にあずかる。愛の杯が回るとともに、互いに兄弟の誓いを新たにする。イエスに近く歩め。そうすれば、同じ天のマナで支えられているあなたの兄弟と、さらに霊的に密接に結ばれていることを見いだすであろう。もしイエスに近づくならば、私たちは互いにさらに近づくのである。
私たちはまた、今朝のみことばの中に、すべてのクリスチャンにとっての力の源泉を見る。キリストを見つめることは生きることである。しかし主に仕える力を得るために、あなたは「来て、食事を」しなければならない。私たちはこの主の教訓を無視するために、多くの不必要な弱さの中に労苦する。だれも悪い食事に甘んずる必要はない。むしろ福音の油によって肥え、それによって得たあらゆる力をもって主の奉仕に励むべきである。あなたがイエスに近づき、一体となり、その民を愛し、イエスによって力を得ようとするならば、信仰によって主のもとに来て、共に食事をとれ。
 
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