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『主の使いは彼に言った。「・・敵対して出て来たのはわたしだったのだ。

2017年01月04日 17時07分33秒 | 聖書


あなたの道がわたしとは反対に向いていたからだ」(民数記22:32)

私たちは誰しも、痛い目に会う事、苦しみ、問題は回避したい。苦しい目には会いたくない。

又、思い通りにならない事が生じると、順調な歩みを阻止される。
問題に阻まれて、先に進めなくなってしまう。
苦しみや悩みが、好きな人などいない。
そこで、痛くて辛い事態を、避けて通りたいと思ってしまう。

何とか逃れたいと思う。
しかし、神は、私たちが間違った方向へ進まないために、行く手に障害物を置かれる場合がある。
私たちを立ち止まらせるためだ。

運が悪かったのではなく、たまたまそうなったのではなく、神の取り扱いだ。
不運なのではない、又、そこに関わっている相手を責めるのではなく、そこに神の取り扱いを認めることだ。
人のせいでも、環境のせいでもなく、そこに神を認めよう。

その状況の中で、神のメッセージを受け取ろう。何を教えたいのか、何に気づかせたいのか。
何を言っておられるのか。

今、あなたの行く手が阻まれているなら、状況がどうのでなく、まずそこに神を認めよう。
神が立ちはだかっておられる。その道はもしかしたら、違うのかも知れない。

神はバラムに「彼らと一緒に行ってはならない。その民を呪ってもいけない。
祝福されているからだ」と言われたに関わらず、出て行くバラムに、主の使いが立ちはだかった。

目の前の状況に神を認め、自分の思いでなく、神の御心を尋ね求めよう。
そうするなら必ず正しい道に導いて下さる。  

--------------
時に、自分では御心と思っているが、反対方向に向かっている事がある。神が立ちはだかって止めて下さる。
もし神の介入が無ければ、間違った方へ進んでいただろう。ストップがかかれば、よくよく祈ってみよう。
御心が別の方向にあるのかも知れない。

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