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「心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、

2017年04月21日 11時44分32秒 | 聖書

からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか」(ヘブル10:22)

人間には良心が与えられていて、その良心は、罪を犯すと、とがめを感じる。
そのとがめを無くしたいがために、良い事をする。

言葉で、態度で、人を傷つけた時に、良心がとがめ、平安が保て無いので、親切な行いを返す。
そして、プラスマイナスゼロにする。これで良心をなだめて良しとする。

誰しもにあるかも知れない。しかし、これは、心がとがめるのが嫌で、自分の良心を何とかしたいだけで、神への愛や、相手への愛などまるで無い。
自分の事だけで、実は自己中心だ。

ある人は犯した罪に対するとがめから、懸命に奉仕したり献金している事に気づいた。
神のために良い事をして、自分の良心をなだめ、罪滅ぼしをするのだ。

それで神に認めてもらおうとし、偽りの平安を得る。
人は知らぬ間に、これを繰り返している事がある。
これは「邪悪な良心」だ。

良い事をして、神に受け入れてもらおうとの態度だ。
そうであれば、主の十字架は無意味になる。
主はいたずらに死なれた事になる。
この良心はきよめられる必要がある。
それはただ十字架の血潮によってきよめられる。

神に行ないで受け入れてもらおうとの、死んだ行ないから離れさせてくれる。
主の血によって良心はきよめられ、赦され、どんな時も恐れなく御前に行ける。

自分の行ないではない。ただただ、主の血潮に拠り頼もう。
そこから真の安堵と何にも揺るがない平安、喜びが来る。           

------------------
神様へも、人へも「ごめんなさい」を回避したくて、良い行ないでチャラにする。
プライドが最も避けたいのが「ごめんなさい」だ。
しかし、神は砕かれた、悔いた心を最も喜んで下さる。
血により赦され、そして、平安に満たされる。


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