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◆私たちはどうして死ぬまでここにすわっていなければならないのだろうか。

2017年03月13日 06時58分14秒 | 聖書
(Ⅱ列王七・三)
愛する友よ。この書は主として信者への教訓として書かれたものだが、もしあなたが救われていないならば、私は心からあなたに同情し、あなたの祝福になることを語りたいと思う。もしあなたが現在の所にとどまっているならば、あなたは滅びなければならない。しかしイエスのもとに行けば、死ぬだけで滅びることはない。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」というⅤがある。あなたの場合、冒険はそれほど大きいものではない。不機嫌に失望の色を浮かべ、じっと座っていても、破滅が来た時、だれもあなたを顧みるわけではない。しかし、もしあなたが主にすがり、あわれみを求めつつ死んだならば――そのようなことが可能なら――あなたは同情の的となるだろう。
イエスを見るのを拒んだ者は滅亡を免れることはできない。しかし、あなたは主を信じて救われた人がいることを知っており、その中のある者は、あなたもよく知っている人である。それなら、なぜあなたは救われないのか。滅びることはきわめて恐ろしいことである。だから、一筋のわらでもつかむものがあれば、あなたは自分を守るために手を伸ばすはずである。あなたはこれまで、不信仰の側に立って自らに語ってきた。しかし主の側に立って、主を求めるならば、あなたは主を必ず見いだすということを私は保証したい。イエスはご自分のもとに来た者を捨てられたことがない。あなたがもし主に信頼するならば滅びることがなく、あわれな病人がアラムの陣営で拾った財宝よりも、はるかに尊いものを得るであろう。どうか、聖霊がただちにあなたを主のもとに行かせ、あなたの信仰が無益なものではないことを知らせてくださいますように。
救われた時には、その良い知らせを他の人に語れ。沈黙していてはいけない。まず主の家族に告げ、彼らと兄弟姉妹になれ。町の門を守る者にあなたの発見を知らせ、良い知らせをあらゆる場所に広げよ。主は、今日太陽が沈む前にあなたを救われる。
 
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