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◆見よ。聞き従うことは、

2016年10月18日 15時57分08秒 | 聖書
いけにえにまさり……。(Ⅰサムエル一五・二二)
サウルは、すべてのアマレク人とその家畜を絶滅させよと命じられていた。しかし、彼はそうしないで、王の命を助け、自分の民が牛と羊の最も良いものをかすめ奪うのを許した。それについて説明を求められた時、神にいけにえをささげるためにそのようにしたと言った。これに対してサムエルはただちに、いけにえは主に直接反抗した行為の言いわけにはならないと断言した。
冒頭の聖句は、金文字で記して、今日の偶像崇拝時代の人々の目の前に掲げられるべきである。彼らは自我崇拝の美服をとりわけ好むが、主のおきてを全く無視している。救い主のご命令に忠実に従って歩むことが、どのような外面的な宗教の形式よりもまさることを心にとめよ。また、主の教えに熱心に耳を傾けることは、雄羊の脂肪をささげるよりも、またいかに貴重なものを祭壇にささげるよりもすぐれていることを心にとめよ。
キリストが弟子に与えられた戒めのうち、最小のものをあなたが守らないならば、私はあなたが不従順でなくなるように祈る。あなたが主を愛しているかのように見せかけ、信仰深そうな行為をしたとしても、それはあなたの不従順の償いにはならない。どれほど小さなことでも、「聞き従うこと」は、いけにえ――それがどんなに大きなものであろうと――にまさるのである。グレゴリオ聖歌、祭服、香、旗について語ってはいけない。神がその子たちに第一に求められることは、従順である。たとえあなたが焼かれるために身を渡し、自分のすべての財産を貧しい人のために与えたとしても、もし主の教えに耳を傾けないならば、あなたのすべての形式は、あなたに益を与えない。
幼子のように、素直に教えを聞くことは幸いである。しかし、それにもまさって幸いなのは、教えられたことを一言一句までも忠実に実行することである。なんと多くの人が、彼らの神殿を飾り、祭司たちに美服を着せても、主のみことばに従うのを拒んでいることであろう。私のたましいよ。彼らにくみしてはいけない。
 
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