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「私たちは、からだの中で比較的に尊くないとみなす器官を、

2017年07月12日 16時08分38秒 | 聖書

ことさらに尊びます」(Ⅰコリント12:23)

ある人がずっと自分に自信を持てずに大きくなった。
いつも人と比較し、自分はダメ意識が強かった。
人前に立てず、いつも尻込みし、劣等感のかたまりであった。

青年になり、家の商売を手伝う事になり、将来はそれを継ぐ事になっていた。
父親のもとで、言われる通りに一生懸命に働いた。
年数を経る内に仕事を覚え、身について行った。
積極的にアイデアを出し、新しい企画も担当するようになった。
仕事に少しづつ自信が持てた。
何より父親が、そんな自分を喜んでくれている事が嬉しかった。

しかし、それは、心に巣くう劣等感の解決にはならなかった。
真の解決が来たのは、後に主イエスに出会い、キリストのからだである真理を知った時だった。

私たちはキリストのからだであり「比較的弱いと見られる器官がかえってなくてはならない」のだと。
目が手に向かい、頭が足に向かい、あなたを必要としないという事ができない。
一人一人が頭、目、鼻、口、手、足・・として、神が一人一人をなくてはならない者として、見ておられる。

神が自分をそのように見ておられる事を知った。
神が自分を必要とし、無くてはならぬ者として下さっている。
この事に目が開かれた時に、自分は変えられた。
人と比較する必要がない。
卑下する事なく、等身大で、ありのままの自分で、神に従って行けばよい。
初めて安堵で一杯になり、喜びを経験した。
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私達は主にあってひとつの身体だ。
ひとりひとりの各器官は、共に苦しみ共に喜び、いたわりあう。
そのような者に神様はして下さった。みな尊い主の肢体だ。

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