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◆片寄り見るな

2017年11月24日 07時22分30秒 | 聖書

人をかたより見るのは良くない。
人は一切れのパンで、そむく。    (箴言二八21)
ローランド・ヒルという牧師は、三十年間忠実に勤勉に仕えて後死んだ下男について、こういう話をしています。「三十年前、私はあるところで、こそどろにあった。なぜ君は、こそどろなど働くのかと尋ねたところ、馬車屋の馬丁をやっていたが、首を切られ、きょうのパンにも困り、思い余って盗みを働いたという。では、家へ来て働きなさいといって連れてきて、三十年が過ぎた。彼は見違えるような人間になった。昔どろぼうを働いた男とは、私すら思えない。」
「貧すれば鈍する」で、追いつめられれば私もまた、一切れのパンのために罪を犯すかもしれません。しかし反対に、箸にも棒にもかからないような強盗殺人犯でも、チャンスがあれば生まれ変わって、きよい愛の人になるかもしれません。事実、重ね重ねの罪を犯した重大犯人が、刑務所にさし入れられた一冊の聖書を読んで悔い改め、後に牧師になったという有名な話があります。
服装や職業や教育程度、あるいは金を持っているかいないかなどで、人をえこひいきしたり片寄り見たりするのは罪だと、ヤコブは言いました(ヤコブ二1―4参照)。このごろ青年たちを見る時、ああ、私の娘だったらとか、私の息子だったらと思うことが多いのに、私は気がつきます。その人の親になったつもり、教師になったつもり、兄弟姉妹になったつもりで、いろいろの立場から人を見ると、また違ったことが分かってくるのではないでしょうか。
聖書は、神が愛しておられる人、イエス・キリストが十字架の上でその人のために血を流してくださった人を、ないがしろにしてはならないと言います。こんな卑しい罪深い私まで、愛し忍耐してくださる神が、どのようにその人を見ていてくださるか。――こう考えると、人を片寄り見ることはできません。
 
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