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ローマ人への手紙2章6節

2017年03月30日 06時17分46秒 | 聖書


★神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお与えになります。

■O:今日のコラム
私たちは、この地で生きていながら御国に属する者です。神様は御国に属する私たちがこの地でどのように歩むのか、ひとりひとりの行いを見ておられます。それだけではなく、その人の行いに従って報いて下さるお方です。

先日、パク・ホジョン先生の山上の垂訓のセミナーで本当の祝福とは、私たちの主人である神様に認められる事だという概念を学びました。それは御国に属する人の本当の祝福であり幸せです。永遠に繋がる報いです。

神様を自分自身の主人にするならば、主が与えて下さる報いが私たちの一番の喜びとなり、この主人に喜んで頂きたいという思いでいっぱいになります。

しかし、もし神様ではなく自分自身を人生の主人とするならば私たちはもっぱら自分を喜ばせる生き方になっていくでしょう。神様からの報いを求めるのではなく、人から褒められ、認められる事を求める人生へとなります。

ローマ2章の中では、永遠のいのちを与えられる者と、神様の怒りと憤りを下される者とが記されています。これは御言葉を読んでいる全ての人に語られています。

主は御言葉を知識として知るだけではなく、御言葉に聞き従う人生を求めておられます。それは決して簡単な事ではなく、忍耐が必要でありそれは狭き道です。人から知られる事もなければ認められる事もないでしょう。しかし主は、その狭き道を歩む者を求めておられます。

そして主は隠れた所におられます。隠れた所で私たちを見ておられます。

「あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます」
(マタイ6章6節)

ハレルヤ!今どんな環境に置かれているとしても、今日も確かに主の目が私たちに注がれています。この喜びが今日一日の力となる事をイエス様の御名で宣言します。

今日も私たちの主人であるイエス様に心を向けて歩んでいきましょう。主は必ず報いてくださるお方ですです。


■A:考えてみよう
御言葉を聞いて行う人生、御言葉を聞いても行わない人生。私たちはどちらも選択する事ができます。主はどちらの人生もそれぞれの行いに従って報いをお与えになります。今日という神様から与えられた一日を主の御心に従い歩んでいきましょう。


■P:祈り
マタイ7章21節にあるように、「主よ、主よ」と言うだけの者ではなく、天におられる父の御心を行う者とさせて下さい。
愛するイエス様の御名によってお祈りします。アーメン。

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