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◆謙遜は栄誉に先立つ。

2017年04月05日 15時50分14秒 | 聖書
(箴言一五・三三)
たましいの謙遜は、それとともに積極的な祝福をもたらす。もし自分の心をむなしくするならば、神はご自分の愛をもって私たちの心を満たされる。キリストとの密接な交わりを欲する者は、「わたしが目を留める者は、へりくだって心砕かれ、わたしのことばにおののく者だ」との主のみことばを思い起こすがよい。もし天に上ろうとするならば、まず身をかがめよ。イエスは「上るために下られた」と、私たちは言わないであろうか。そしてあなたもそのようにしなければならない。上に成長しようと願うならば、まず下に向かって根を張らなければならない。天との甘美な交わりは、へりくだったたましいのみがもつことができるからである。
神は、徹底的にへりくだったたましいに対しては、どのような祝福も拒まれることはない。「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。」天国にある富も宝も、すべて彼らのものである。神のすべての富は、それを受けることで高慢になることのない全くへりくだったたましいに、贈り物として渡される。そしてなお高慢にならないならば、神は私たちをいっぱいになるまで祝福される。もし祝福を得ないなら、それは祝福を受けることがあなたにとって安全ではないからである。天の父が、あなたのへりくだらない高慢なたましいに、その聖戦において勝利を与えられたとしても、あなたはその栄光を自分のものとして盗み、新しい敵に出会う時、その食となってしまうであろう。神は、あなた自身の安全のためにあなたを低くしておかれるのである。
謙遜は、私たちを恵みに富んでおられる神の祝福を受けるにふさわしい者とし、友人と穏やかに交わるのにふさわしい者とする。真の謙遜は、どのような花園でも飾ることのできる花である。これは、人生のどのような料理にも味をつけるソースであり、それによってあらゆる場合に著しい改善をすることができる。祈りにも、賛美にも、活動にも、苦難にも、謙遜の塩はいくら用いても用いすぎることはない。
 
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