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◆満足した生活

2017年05月06日 08時34分45秒 | 聖書

自分の畑を耕す者は食糧に飽き足り、
むなしいものを追い求める者は思慮に欠ける。(箴言一二11)
「自分の畑を耕す者」=これは、自分の守備をはっきり認識し、その職業・その仕事に全力投球できる人のことです。そんな人には充足感・満足感があるというのです。
昔、私の学生時代に「教師教師といばるな教師。教師ゃ生徒のなれの果て」と、よく学生たちは歌いました。また「学校出てから十三年、今じゃ母校のヘボ教師」という流行歌もありました。多少ユーモアがあってほほえましいとはいえ、わびしい歌です。自分の職業やその働きに誇りを持てないのは、わびしいことです。何をやっても落ち着かず、うつろな気持ちで日々を過ごします。ことばを換えて言えば、生きがいのない人生を送っています。どこにその生きがいのなさの解決があるのでしょうか。
第一に、神の価値づけと神の判断に従って生きることです。神は、一人一人に能力を預けておられます。十タラントの人も、一タラントの人もあります。しかし、神は、一タラントの人に十タラントの働きをせよと命令なさいません。十タラントを与えられても、それを私する人は、けっして神に喜ばれません。しかし、一タラントの人が神から預かったものとしてそれを忠実に働かせれば、努力した十タラントの人と同じにほめてくださるのです(マタイ二五14―30参照)。
第二に、神が下さった使命に生きるということです。自分の欲望に従って、むなしいものを追い求めて生きれば、際限がなく、争いが絶えません。いつまでも満足がないでしょう。しかし、神が与えてくださった使命に生きれば、喜びと満足が与えられるのです。
第三に、神の愛の励ましに力づけられて、一日一日を生きることです。たよりにならないものにたよらず、つまずいても倒れても助けてくださる神を信頼し神にたよる時、平安と満足があるのです。
 
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