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『そこで彼は言った「確かに、あなたは自分の目でそれを見るが、

2017年04月29日 15時46分03秒 | 聖書

それを食べることはできない」』(Ⅱ列王7:2)

飢饉で人々が餓死するような、非常事態の中、エリシャは、「明日、小麦や大麦が溢れるばかりにある」と言うと、侍従はそんな事が、あり得ようかと言った。
すると、あなたはそれを見るが、食べられないとエリシャが預言した。

そんな時、サマリヤの門に四人のらい病人がいた。
町は飢饉、ここにいてもどうせ自分達は死ぬ。
それなら、敵の陣営へ入ってみようと。
あるいは食料があるかも知れないと。

アラム陣営では、神がアラムに大軍勢の騒ぎを聞かせられ、襲撃に勘違いさせた。
アラムは驚き恐れ、陣営を置き去りにし逃亡した。
彼らがそこに入ると、山ほどの金銀、溢れるばかりの食料があった。

彼らは、王家に知らせた。王は信じなかったが、偵察により事実を知った。
すると、大勢が殺到し、侍従は踏みつけられ死んだ。預言通りになった。

実際、溢れるほどの食料を神は用意された。
しかし、それを信じなければ、自分のものにはならない。
溢れる食料があるに関わらず、飢えて死ぬ事になる。

私達も同様だ。
十字架の救い、神の愛、恵み、罪の赦し、義とされる事・・、溢れる食料の中にいながら、信じなければ、餓死するように、溢れる恵みの中で、不信仰で、飢えていないだろうか。

自分で恵みをシャットアウトしている自分の姿がないか。
莫大な食料が目の前に備えられている。
信じようとしない、受け取ろうとしない自分がいるだろうか。

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「神に不可能が一つもない」信じている「つもり」でなく、本当に信じきれない自分がいるなら、まず「信じられません。助けて下さい」と祈ろう。
御霊は頑なな自我が妨げている事も見せて下さる。
溢れるばかりのご愛、恵みに浴したい。


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