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「その口から出て来る恵みのことばに驚いた。

2017年07月06日 17時55分38秒 | 聖書

そしてまた、『この人はヨセフの子ではないか。』と彼らは言った」(ルカ4:22)

主は故郷のナザレに行かれた。安息日に会堂に入り、イザヤ61章の言葉を読まれた。
捕らわれ人は赦免を、盲人は目を開かれ、虐げられている人は自由に・・素晴らしいみわざ。

「今日、このみことばが実現した」と言われた。
何千年も前からの預言が、今日実現し、メシアがここにいると。
聞いた人々は恵みの言葉に感動し主を誉め讃えた。

しかし、同時に「ヨセフの子ではないか」と言い放った言葉に、人々の信仰の心は冷めて閉ざされて行った。
主は、預言者は誰でも自分の郷里では歓迎されないと、その不信仰を嘆かれた。

このナザレの人々から学ぶ事ができる。御言葉を聞く心の態度だ。
自分にフィットする、心地よくさせてくれる、耳ざわりのよい御言葉を聞くと、主は素晴らしいと喜び、主を誉め讃える。

しかし、間違いを正されたり、罪を、現実を、指摘される、自我に触れる御言葉は苦痛で拒否してしまう。
心を固くして聞かない。余りにも痛いので、無意識に自己防衛してしまう。

しかし、ここが根幹をなす所であり、かなめだ。
ここのところで逃げてしまうと、成長のしようがなく、変えられることがない。
痛い言葉は心がうずき、気づかずに逃げているかも知れない。
気づいていない心の底を御霊に探って頂こう。
成長のためにどうしても必要だ。

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古い性質は、自分に痛い言葉を聞きたくない。逃げたい。
しかし、自分が変えられる事も成長も無いのは悲惨だ。
人や環境のせいにして、一生このままだ。
聞きたく無い言葉が、自我に触れている言葉だ。
そこを御霊に助けて頂こう。

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きいて!きいて!
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