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「イエスは、ご自分では、

2017年05月16日 15時52分17秒 | 聖書

しようとしていることを知っておられたからである」(ヨハネ6:6)

誰しも、目の前で、道が閉ざされた経験があるだろう。
進もうとすると、又、進みたい道が、目前で閉じられてしまう。

入学試験、就職試験をはじめ、様々な事で経験する。
さあ、これから仕事に就くという時に、病に倒れたり、「なぜ?どうして?」悲しく辛い経験だ。

パウロもアジア州で宣教しようとしたところ、御霊に禁じられた。
ビテニヤの方へ行こうとしたが、それも止められた。
御霊の導きは、時に私たちに理解できない。

しかし、それが理解できなくても、又、どのようであっても、そこに神を認め、神の御心を信じて行くこと、それが信仰によって生きるということだ。

結果的に、パウロは、マケドニヤに渡りヨーロッパ宣教という大きな御心へと導かれて行った。

ある人はこれから医師として活躍という時に、病に倒れた。
2年の辛い入院生活に落胆したが、結果的に、実践に立った時に、患者の人たちの気持ちがわかるという、幸いな益を受けた。
病を心から感謝した。

ある人は進路が閉ざされ、挫折を経験し、結果的にそれが幸いとなり、心砕かれ、献身へと導かれた。
そのまま行っていたら、神から離れていたであろうと、閉ざされた事を心底感謝できた。

今、目の前の道が閉ざされて、失望落胆しているだろうか。
しかし、そこに神の御心を認め、信じよう。
神は最善以下はされない。必ず幸いな益を見る。

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繰り返し、繰り返し、又、どの方面を見ても学ぶ。
挫折から、素晴らしい祝福と喜びが生まれ出るということを。
人生の行き詰まりや挫折は、いつも大きな祝福に至る。
今の事態がどう祝福に展開して行くのか、楽しみに期待し信じて行こう。

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