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◆不信実と偽りとを私から遠ざけてください。(箴言三〇・八)

2017年06月13日 16時34分25秒 | 聖書
 
わが神よ。私から遠く離れないでください。(詩篇三八・二一)
ここに、二つの大きな教訓がある。何を遠ざけ、また何を願い求めなければならないかということである。クリスチャンの最も幸福な状態とは、最も聖なる状態である。太陽に最も近づいた時最高の熱を感じるように、キリストに最も近い時に最も幸福なのである。
信者がこの世の偽りに目を注ぐ時は、慰めを得ることはできない。たましいは神の道において生かされなければ、満足できない。世の人は他のもので幸福を味わうことができるかもしれないが、信者にはできない。私は、不敬虔な人々が快楽に走るのを非難しない。自由にさせておけばよい。彼らにはほかに楽しみがないのだから。ある回心した妻は、いつでも夫に対して親切であった。彼女は言う。「この世があの人にとって唯一の幸福な世界ではないかと思います。ですから、この世でできるだけ幸福にしてあげたいのです」と。
クリスチャンは、この世の浅薄さや罪深い快楽をはるかに超えた高い領域に、自分の楽しみを求めなければならない。無益なものを追求するのは、新生したたましいにとって危険である。ある哲学者は、星を見上げて歩いていて穴に落ちたという。しかし下を見下ろす者は、どれほど深く穴の中に落ち込むことであろう。落ち込むことは致命的である。どのようなクリスチャンも、そのたましいが怠慢であり、神から遠く離れているならば安全ではない。
すべての信者は、キリストにある立場という大切な問題に関する限りは常に安全である。しかし、彼の聖潔の経験、この世におけるイエスとの交わりに関しては安全ではない。サタンが攻撃するのは、神に近く生活している時ではなく、神から離れ、霊的に飢え、偽りに生きる時である。悪魔は、時には、主の御用に忙しい神の子たちと戦うかもしれないが、それは大体短期間である。屈辱の谷で足をすべらす者は、そのたびにアポリュオンの攻撃を受けることになる。おお、神とともに謙虚に歩む恵みを与えてください。
 
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