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◆愛は死のように強く……。

2016年10月13日 18時18分47秒 | 聖書
(雅歌八・六)
帝王を征服し、人類を滅ぼす死と同じように強い愛。これはだれの愛であろうか。これを主イエスに対する私の弱くあわれな、かろうじて生きている愛にあてはめると、皮肉に聞こえるだろう。私は主を愛している。そして主の恵みによって、主のために死ぬことすらできるかもしれない。しかし、私の愛そのものは、あざけりに耐えることはほとんどできない。まして残酷な死にはなおさらである。たしかにここに語られているのは、私の愛している主イエスの御愛である。
主の愛は、最も恐ろしい死よりも強かった。それは十字架の試練にすら耐えて勝利を得られたからである。それは長く続いた死の苦しみであった。しかし愛はその苦痛に耐え抜いた。恥ずべき死であった。しかし愛は恥をさげすんだ。刑罰の死であった。しかし愛は私たちの不義を負われた。捨てられた寂しい死であって、永遠の父も御顔を隠された。しかし愛はそののろいに耐え、すべての上に栄光を輝かせた。このような愛、このような死は、かつてないものであった。それは命がけの決闘であった。しかし愛は勝利を得たのである。
私の主よ。私は、あなたの愛が炉の炎のように私のうちに燃えるのを感じたいと切望してあえぎます。主よ。来てください。そして、私の霊の中に熱心をかき立ててください。
 なぜなら、主の深紅の血の一滴一滴は
 この私を生かすために流されたのだから
 おお、なにゆえに、なにゆえに
 主におささげする千のいのちをもたないのか
私はなぜ、死のように強い愛をもってイエスを愛せないと絶望するのであろう。主はそれに値する方であり、私もそれを望んでいる。殉教者はそのような愛を感じたが、私にも同じ血肉がある。では、なぜ私が感じないことがあろう。彼らは自らの弱さを嘆いていたが、その中から強くされた。恵みが彼らに、不屈の節操を与えた。私に対しても、それと同様の恵みがある。私のたましいを愛される主イエス様。今夜私の心に、そのような愛を、あなたの愛を注いでください。
 
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