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◆父なる神にあってきよめられ……。(

2017年07月12日 06時21分52秒 | 聖書
(ユダ一節英訳)
◆キリスト・イエスにあって聖なるものとされた……。(Ⅰコリント一・二)
◆御霊の聖めによって……。(Ⅰペテロ一・二)
すべての恵みのわざにおいて、三位一体の神が共に働かれることに注意せよ。三位一体の人格に甲乙をつけ、イエスは愛と恵みの化身であり、父なる神は厳しい義なる方であるが親切さに欠けているなどと考えるのは、なんと思慮のないことであろう。また父なる神のみこころと子なる神の贖いのみを見て、聖霊の働きを軽んずるのも、同様に誤った考え方である。
恵みを施すのに、三位一体の位格のいずれも、他の二つの位格と離れて働くことはない。三位格はその本質において一つであるが、同様にその行いにおいても結合している。また三位格は選ばれた者への愛においても一つである。そして愛という大いなる本源より流れ出る活動において、三位は不可分である。これが特に聖めの働きにおいてそうであることに留意せよ。
聖めは聖霊の働きである。しかし、父と子がそれに関与されないと考えないよう注意せよ。聖めは御父の働きであり、御子の働きであり、聖霊の働きであるというのが正しい。主なる神は今も「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう」と言われる。だから「私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださった」のである。
真の聖めを神がどれほど重視されるかを見よ。三位一体の三位格は「しみや、しわや、そのようなものの何一つない」教会を作り出すために、協力をされるのである。そして信徒であるあなたも、キリストに従う者として聖めを尊び、純潔な生活を営み、敬虔なことばを語るように注意しなければならない。キリストの血をあなたの希望の基礎として尊重せよ。そして光の中にある聖徒たちの特権にあずかるに足る者とされた御霊の働きを、決して軽んじてはならない。
私たちは三位一体の神の働きを身をもって現そう。
 
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