座間コミニティー

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

「このようにして、ふたりの目は開かれ、

2017年06月09日 16時37分07秒 | キリスト教

それで彼らは自分たちが裸であることを知った」(創世記3:7)

エデンで「あなたがたの目が開け」「神にようになる」との蛇の誘惑により、エバは善悪を知る木の実を取って食べ、夫アダムも食べた。その時、二人の目は開かれた。
「目が開かれる」というのは、神から独立して、神に頼らず、人が自分で善悪を判断できるようになったという事だ。

罪が入り、霊が死んで、神との交わりが絶たれてしまった。
そのため、裸であることの恥が来て、恐れが臨んだ。その時から、人は神を離れ神無しで生きるようになった。
「肉」とは、つまり、神無しの、神によらない生き方だ。罪にある人間による考え方、
生き方、価値観だ。神から独立して自分で生きることだ。

神からの独立=人間中心という事になる。肉とは、いわゆる悪行とは限らない。
妬み、憎しみ、泥酔等はストレートでわかりやすいが、道徳的で麗しいもの、感動的なもの、立派なものも、神を崇めず、神無しの生き方であれば「肉」だ。
感動的なヒューマニズムも、根本に神無しであり、神に敵対している。

世界平和、人類愛をうたっていても、神否定だ。
「肉」が改良されて、「霊」的になるのではない。肉はどこまでも肉で、それは捨て去るべきものだ。
自力でなく「御霊によって」御霊に満たされ、御霊の導きに従って歩むことが、答えであり、肉の欲望から守られる。
------------------
目が開き自分が神となり、神どころか誰からの支配も受け付けない罪深い者となった。
自分中心の肉の思いは自分で管理し得ないからだ。
十字架により罪赦された事に感謝し、肉を選ばず、御霊の導きに歩める事に感謝しよう。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« おはようございます。 | トップ | ◆聖書を調べなさい。 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。