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◆その日には、エルサレムから湧き水が流れ出て……

2017年07月01日 09時04分35秒 | 聖書
夏にも冬にも、それは流れる。(ゼカリヤ一四・八)
エルサレムから流れ出る生きた水の流れは、夏の炎暑にもかれることがなく、吹きすさぶ冬の寒風にも凍ることがない。
おお、私のたましいよ。喜べ。おまえには主の真実を証しすることが許されている。季節は移り、おまえも変わる。しかし主は永遠に変わらず、その愛の流れは依然として深く、満ち満ちている。仕事上の心労やつらい試練は、主の恵みの川の涼しさを渇望させる。私はすぐに行って、この尽きることを知らない泉から満ち足りるまで飲むことができる。なぜならその泉から、夏も冬も、いつも清水がわき出ているからである。主の御名はほむべきかな。泉の源は尽きず、その流れの末もかれない。
エリヤは、ケリテ川がかれているのを見た。しかし主は変わることのない摂理の神であられる。ヨブは「私の兄弟たちは川のように裏切った」と言った。しかし神があふれるばかりの慰めの川であることを見いだした。ナイル川はエジプトのいのちの綱であるが、その流れは絶えず変わる。しかし私たちの主は永遠に変わらない。クロス王はユーフラテス川の流れを変えてバビロンを陥れた。しかしどんな力も、人の力も悪魔の力も、神の恵みを変えることはできない。昔の川の川床は、今は干からびている。しかし神の主権と無限の山から流れる川は、いつも満々と水をたたえている。時代は変わるが恵みの流れは変わらない。神の川は、次の詩にある川よりも、はるかに偉大な真理を歌っているものと言えよう。
 人は来て、やがて去って行く
 しかし、私は永遠に流れる
幸いな私のたましいよ。おまえがこのような「いこいの水のほとり」に導かれているとは。だから、決して他の流れに目を移してはいけない。「あなたはなぜエジプトの濁っている水を飲もうとするのか」との主のご叱責の声を聞くことのないために。
 
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