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◆尊い、すばらしい約束が私たちに与えられました。

2017年07月27日 06時31分43秒 | 聖書
(Ⅱペテロ一・四)
もしあなたが実際に神の御約束の尊さを知り、心にそれを楽しみたいと願うならば、神の御約束を熟考せよ。御約束は酒ぶねの中のぶどうのようだ。それを踏めば果汁が流れ出る。聖なるみことばをくり返し熟考することは、しばしばその成就への序曲となる。御約束を思い巡らすうちに、あなたの求める恵みが、知らぬうちにあなたを訪れる。多くのクリスチャンが御約束を探して聖書を熟読しているうちに、御約束を保証する恵みがいつしかたましいの内部に浸透してくるのを経験した。そして彼らは御約束を心の近くに置くように導かれたのを喜んだ。
しかし、御約束を静思するだけでなく、それを神のみことばとしてたましいに受け入れなければならない。そしてたましいにこのように言え。「もし私が人と約束するならば、相手の能力、品性を注意深く考える。神の御約束についても同様である。私は恵みの偉大さに目を見張ってはならない――その結果よろめくかもしれない。むしろ約束した方の偉大さに目を留めなければならない。そうすれば勇気が与えられるであろう。私のたましいよ。おまえに語りかけておられるのは神であり、おまえ自身の神、偽りを言うことのできない神なのだ。おまえが今考えている神のみことばは、神の存在が真実であるように真実なのだ。神は変わることのない方である。一度言われたことを取り消されたことはなく、慰めのみことばのただ一つでも撤回されたことはない。また力において欠けているところはない。おまえにこのように語っておられるのは、天地を造られた神である。神はまた知恵において欠けておられない。恵みを与える時期を誤ることもなさらない。神は恵みを与えるべき時と、保留すべき時とを知っておられる。したがって、御約束が真実不変な全知全能の神のみことばであるのを見る時、私は御約束を信じるのであり、また信じなければならないのだ」と。
私たちがこのように御約束を黙想し、御約束の与え主に思いをいたすならば、その御約束の美しさを経験し、その成就を得るであろう。
 
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