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「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。

2017年11月23日 16時56分02秒 | 聖書


しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください」(ルカ22:42)

主が御父に祈られた祈りを通して、私たちも学ぶことができる。
主は、みこころなら、この杯=十字架をとりのけて欲しいと祈られた。驚くべきことだ。

始めから「わたしの願いではなく、みこころのとおりに」と模範的な、優等生の祈りをされたのではなく、この十字架を回避させて欲しいと祈られた。
人々の救いに関しても、十字架でなく、主の別のみ思い、方法があったのかも知れない。

主が、とりのけて欲しいと祈られた事実は厳粛だ。
そう祈ってよいのであり、祈りは正直で、率直で、真実であり、本音であることが大切と教えられる。
建前の祈りをしてもしようがない。建前は、何の意味もなく、はなから御父に届いていない。

自分の心の本音を打ち明け、本音で交わることが大切だ。主は、御父に真実に向き合われ、真実に祈られた。
本音で祈るからこそ、あるがままの自分が受け入れられていることがわかる。
実感できる。そして、自分の気持ちを十分受け止め、受け入れて貰っているがゆえに、自分を捨て、御心に従うことができる。

御心を受け入れ、決心できる。
「苦しみもだえ、切に祈られ、汗が血のしずくのように地に落ちた」苦悶の中、祈りをされた主が、「祈り終わって立ち上が」られた。
御心を受け入れる決心をされ、全き平安を得られた。
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ひとりの人間として主の前に出て弱いままの今の思いを告げ、みこころに従えない自分や、変わるべき所を尋ねてみよう。
自分の意志や意欲ではかなわない強い思いも「いえ、わたしの願いではなく・・」と祈れるように主が納得させて下さる

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