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◆彼が開くとだれも閉じる者がなく……。

2017年06月15日 16時52分40秒 | 聖書
(黙示録三・七)
イエスは天国の門の番人であり、すべて彼を信じる者の前に、開かれた門を置かれる。それはだれも、悪魔も閉じることができない。イエスへの信仰が永遠の門に対する黄金のかぎであることを発見するのは、なんという喜びであろうか。私のたましいよ。おまえはそのかぎを携えているか。それとも偽りの錠をあける道具を頼み、ついに失敗に終わるのではないか。ある説教者が次のような話をした。これを心に留めよ。
王が宴会を開くために世界中にふれを出して、咲き誇る花のうち最も美しい花を持って来る者でなければ、大広間に入らせないと伝えた。そこで幾千もの人々が、それぞれ花の中の女王と思われる花を持って王宮に押し寄せた。しかし、彼らはみな、入ることができなかった。ある者は迷信の「ベラドンナ」を、ある者は見せびらかしの「けし」を、またある者は自分を義とする「毒にんじんの花」を携えていた。しかしこれらは王の愛される花ではなく、それを持って来た者は、真珠の門から外に閉め出された。
私のたましいよ。おまえはシャロンのサフランをつんだか。おまえは谷のゆりの花を一時も離さず身につけているか。それなら、天国の門に着く時、その真価を知るであろう。なぜなら、花のうち最上のその花をただ見せただけで、門番は戸を開くからである。シャロンのサフランを手にしているならば、おまえは神ご自身の御座まで進むことができる。天国にさえ、その輝かしい美にまさるものはなく、楽園に咲き誇るすべての花の中にも、谷のゆりの花に比べることのできるものはないからである。
私のたましいよ。カルバリの血に染められたバラを信仰によって手に取り、愛によってそれを身につけ、主との交わりによってそれを保ち、日ごとの配慮によってそれをおまえのすべてとせよ。そうすれば、すべての祝福にまさる祝福、夢にも思わぬ幸福を受けるであろう。
イエス様。とこしえに私のものとなってください。私の神、私の天国、私のすべてとなってください。
 
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