しばしば私たちは、信仰の創始者がまたその維持者であることを忘れる。神殿の内に燃える灯火は、絶対に消すことを許されなかった。しかしそのために、毎日新鮮な油の補給を要した。同様に私たちの信仰も、神ご自身から与えられる恵みの油に支えられてのみ、維持できるのである。もし灯火に必要なものを得ないならば、私たちは愚かな娘であることを自ら証明することになろう。この世界を造られた方が支えてくださるのでなければ、それは一大音響とともに崩れ去る。同様に、私たちをキリスト者とされた方が、ご自身の御霊によって支えてくださらなければ、私たちは速やかに決定的に滅亡する。だから私たちは、夕ごとに主のみもとに行き、必要な恵みと力とを求めようではないか。私たちが「堅くしてください」と主に求めているものは、主ご自身の恵みのわざ、すなわち「私たちのためになされた事」だからである。
神がそのご自身のわざを、支え守ることに失敗すると思うか。ただあなたの信仰を、主の御力に堅くすがらせよ。そうするならば、地獄の首領に率いられたあらゆる暗黒の勢力も、あなたの喜びと平安とを曇らせることはできない。強くなり得る時に、なぜくじけてしまうのか。勝利者となり得る時に、なぜ敗北を招くのか。ああ、あなたのその動揺する信仰と、うなだれた徳とが補強され活気づけられるために、それを主のみもとに携えていけ。そして、「神よ。私たちのためになされた事を堅くしてください」と切に祈れ。