みつとみ俊郎のダイアリー

音楽家みつとみ俊郎の日記です。伊豆高原の自宅で、脳出血で半身麻痺の妻の介護をしながら暮らしています。

mulberry pie

2017-06-14 07:21:51 | Weblog

マルベリーパイは、日本人にとってあまり馴染みのないパイ。

マルベリーとは桑の実のこと。

ラズベリーだって日本語にすればキイチゴだ。

何でも横文字にすると途端にグレードが上がるような気がする(だけだと思うんだけどネ…)。

今が旬の桑の実をもいでジャムを作り(白砂糖は使わず黒砂糖のみで甘みをつけた)この実と一緒にフィリングにしたパイを焼いて今日地域の認知症カフェに持っていった。

ホール全部切り分けても20人分にもならないので食べられない人もでたけれど、滅多に口にすることのない食べ物なので概ね好評(まあ、中にはあまり味にも存在自体にも関心のないご仁もいたけれど…笑)。

高齢者の多いこの認知症カフェでもほとんどの人が「初めての味」だったという。

そりゃそうだ。

最近みんなあまり桑の実なんて食べないものネ(ヘタが堅いのでこれを取るのがけっこうひと苦労)。

イチジクのように小さい種子のザリザリ感はあるけれどもこの感じが好きな人も多い(もちろん、まったく逆にこの感触が「キライ!」という人だっている)。

梅雨前から梅雨にかけてが桑の実の旬だが、桑の実が終わる頃にブルーベリーが採れ始める(ブルーベリーの実はまだ色づいていない)。

桑の実もブルーベリーも目に良いとされるアントシアニンが多い食物だが、桑の実の方がブルーベリーよりもはるかにアントシアニンの量は多いそうだ。

まあ、だから「目に良い」ということになるのだろうが、どれぐらいアントシアニンを食べればはっきりと「目に良い」と言えるのか。

私もそこまではわからない(一般に言われる「身体に良い」という食べ物も「じゃあ、どれぐらい食べれば良いの?」という疑問はいつも残る)。

桑の実を採っているとまたたくまに指先が紫色に変色してしまう。

きっとこれが成分の目安なのだろう。

とはいえ、爪の間まで色がつき洗ってもおちないのにはちょっと閉口する(それだけ強い成分ということなのか…ナ)。

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mulberry pie

2017-06-13 18:01:02 | Weblog

マルベリーパイは、日本人にとってあまり馴染みのないパイ。

マルベリーとは桑の実のこと。

ラズベリーだって日本語にすればキイチゴだ。

何でも横文字にすると途端にグレードが上がるような気がする(だけだと思うんだけどネ…)。

今が旬の桑の実をもいでジャムを作り(白砂糖は使わず黒砂糖のみで甘みをつけた)この実と一緒にフィリングにしたパイを焼いて今日地域の認知症カフェに持っていった。

ホール全部切り分けても20人分にもならないので食べられない人もでたけれど、滅多に口にすることのない食べ物なので概ね好評(まあ、中にはあまり味にも存在自体にも関心のないご仁もいたけれど…笑)。

高齢者の多いこの認知症カフェでもほとんどの人が「初めての味」だったという。

そりゃそうだ。

最近みんなあまり桑の実なんて食べないものネ(ヘタが堅いのでこれを取るのがけっこうひと苦労)。

イチジクのように小さい種子のザリザリ感はあるけれどもこの感じが好きな人も多い(もちろん、まったく逆にこの感触が「キライ!」という人だっている)。

梅雨前から梅雨にかけてが桑の実の旬だが、桑の実が終わる頃にブルーベリーが採れ始める(ブルーベリーの実はまだ色づいていない)。

桑の実もブルーベリーも目に良いとされるアントシアニンが多い食物だが、桑の実の方がブルーベリーよりもはるかにアントシアニンの量は多いそうだ。

まあ、だから「目に良い」ということになるのだろうが、どれぐらいアントシアニンを食べればはっきりと「目に良い」と言えるのか。

私もそこまではわからない(一般に言われる「身体に良い」という食べ物も「じゃあ、どれぐらい食べれば良いの?」という疑問はいつも残る)。

桑の実を採っているとまたたくまに指先が紫色に変色してしまう。

きっとこれが成分の目安なのだろう。

とはいえ、爪の間まで色がつき洗ってもおちないのにはちょっと閉口する(それだけ強い成分ということなのか…ナ)。

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ダウンビートとアップビート

2017-06-03 12:03:35 | Weblog

音楽って結局この2つで説明できるんじゃないのかと小さい頃からずっと思ってきた。

身体が下に向って動くダウンビートと身体が空に向って起きあがる動きがアップビート。

その「上下の動き」が、音楽そのもの。

でも、まあ人間は「上下」に動くだけでなく横にも揺れるので、「タテのり」「ヨコのり」の2つがあると説明する人もいる。

ただ、横の動きもどこかで結局「着地」は必要なので(重力があるからネ)、最終的には人間の身体のどんな動きもダウンビートとアップビートのどちらかとして理解できるはず(だと私は理解している)。

なぜこんな話しを始めるかというと、ここ7、8年地元のシニアの人たちのアンサンブル(常時十数人参加しているのでそれなりの数だ)を指導しているせいか、この問題がいつも頭から離れない。

プロの音楽の世界でプロの人たちと音楽をやっていく上では何の問題もなかった事柄が、シニア世代のアマチュアの人たちを指導していると「え〜?!」と驚くようなことをたくさん発見する(同じ素人の人たちを指導するのでも、子供たちや若い人たちには絶対に起こらないことがこの年代には起こる)。

その中でも究極が、このビート感覚。

よくコンサート会場で手拍子のウラ打ちができない人たちをお見かけするが、若い世代の人たちは問題なくウラ打ちの手拍子ができるのに、ある程度年輩の人たちにはこれが絶望的にできない人がいらっしゃる。

なので、手拍子だけでなく楽器をやる上でもアップビートやシンコペーションのリズムでつまづくシニアの方は多い。

ロックのような単純な8ビートはそれほどでもないのだが、サンバやボサノバなどの微妙なシンコペーションの音楽がけっこうヤバい。

頭と身体がすぐにバラバラになってしまう。

ただ、これを「若い人たちは小さい頃からこうしたビートに慣れているから」とか、「シニア世代はあまり慣れていないから」ということだけに理由を求めるのは早計だ。

根本的に日本人は音楽と身体の動きを結びつけて理解しようとする意識がそもそもなかったことの方が切実な要因だと私は思っている(明治時代の音楽教育にその元凶がある)。

なので、年輩の人ほど「音楽」と「踊り」を直感的に結びつけない人(あるいは、結びつけられない人)が多いのはある程度仕方のないこと(だろう)。

それに対して、若い世代ほど「音楽=動き」に身体が素直に共感する。

ヒップホップにしろ、ラテンにしろ「音楽=踊り」であることを身体が無意識に理解してくれるからだ。

ただ、この「音楽=踊り」の感覚も(戦後すぐから比べれば)多少成長したとはいえまだまだ欧米ほどではない。

極端に言うと、日本人は「ダンス用」に作られた音楽でしか身体を動かすことができないのかもしれないとさえ思う。

未だに(バスドラムの)4つ打ちのシンプルなビートには身体が反応しても、例えば、スローなブルースになると途端に身体が動かなくなる人は多い(ところが、欧米のパーティでは、「え?こんな音楽でよく踊れるね?」というぐらいどんな種類の音楽でも彼ら彼女らは踊る)。

日本人が「音楽=踊り」と素直に思えない最大の原因がことばにあることは明白だ(と私は前から思っている)。

もちろん、日本語だけでなく、「ことばが音楽や身体の動きを作りだす」という原則はどこの国のことばにも当てはまる。

その証拠はいくらでもある。

例えば、日本語ではaiueoの5つの母音が必ずどの単語からも切り離せない。

基本的にことばのアクセントは母音にしか存在しないので、bdcghjxyzといくら子音だけたくさん並べても(子音だけの)ことばにはアクセントの置きようがない。

逆に、日本語はアクセントだらけなので全ての音が下向きに落ち地面に着地してしまう。

で、結果として、身体が上に向うアップビート(裏ビート)はほとんど起こらないのでリズムはハネない(ナツメロ歌謡曲にはこの類いが多い)。

日本人が「ミスド」とか「スマホ」とかいった単語を作りたがるのもこの理由からだ。

母音3つを並べると日本語として音が着地しやすくなる(つまり発音しやすいということ)。

なので、時々有り得ない(トンデモない)ことが起こる。

例えば、ハンバーガーチェーンの略称も「マック」だし、パソコンの名前も「マック」。

これは日本語でしか起こらない現象だ。

なぜなら、ハンバーガーの McDonaldの頭の Mcには母音が全くないので本来マックとは発音できないはず。

逆に、パソコンは Macなので、明らかに「マック」としか発音できない。

英語の苦手な日本人が海外に旅行した際に一番苦労する発音がこのハンバーガーの Mc Donaldだということを見れば日本語がいかにアップビートを持たない言語かがよくわかる。

アフリカには、(人名も地名も) Nで始まる音が多い(例えば、ンドゥールとかいう名前の人がいる)。

以前、東京の本郷近くにある大きな音楽学校で何年か作曲を教えていたことがある。

いつも学生たちに課題の作品を提出させていたが、ある時、一人の学生がメチャメチャ面白い作品を提出してきた。

この曲、山下達郎のクリソツ作品(もちろん彼はワザと達郎風で作ってきたのだ)。

でも、実際に面白かったのは作品そのものではなく彼の歌唱の方。

自分で作ってきたカラオケをバックに彼はクラスで自作を熱唱した。

それがあまりにも達郎ソックリだったのでクラス中大ウケ。

でも、ここで見落としてならないのは、彼が達郎ソックリに歌うことができた理由だ。

彼は、すべての歌詞の前に、ほんのちいさな 「n 」の音を意図的に挟みながら歌っていた。

例えば、「♬きっとキミは来ない〜♬」なら「nきっと〜、nきみは〜、n来ない〜」と歌う。

これで(達郎)クリソツになる(でも、この時のn は本当に弱い微妙なnではないとダメなのでちょっと練習が必要だ)。

この達郎歌唱のカラクリをこの学生は見抜いていたのだ(ウソだと思うのならお試しあれ)。

つまり、ここが一番大事なポイントで、日本語の母音の存在が日本の洋楽にとって大きな障害になっていることに(ニューミュージック以降の)若い世代の音楽家はいちはやく気づいていたのだ。

そのために、サザンから始まった「日本語をいかに日本語らしくなく歌うか」の方法論をアーティストは皆それぞれ独自に考え続けているのだ(現在、ますますその傾向に拍車がかかっているような気がする)。

 この「ことばが音楽や生活のスタイルを規定する」というかなり大きなテーマは、本来ならば文化人類学者たちが研究しなければいけない大きなテーマなのだが、そういうえらい学者先生たちは音楽にあまり関心がないようで、未だにそんな論文にも著書にもお目にかかったことがない(レヴィ・ストロースがほんの少しだけ触れているが)。

50〜60年代に ニューヨークフィルの指揮者だったレナード・バーンスタインが子供向けTV番組『ヤング・ピープルズ・コンサート』の中でこのことばと音楽の問題を、とても易しく明快に解説してくれていた。

しかし、私は、この「ことばと音楽」の問題に明快な解説を与えてくれた人をバーンスタイン以外まったく知らない。

70年代80年代ポップスの牽引役だったある著名な作詞家(女性)の友人と飲んでいた時、彼女がこんなことを言っていた。

「そのうち日本語のポップスから日本語がなくなって英語ばかりになってしまう日が来ると思う」。

え?アンタ本気でそんなこと考えてるのと突っ込んだものの、時代は確実にその方向に向っているんだろうなと思う時もある。

全てが母音にひっぱられる日本語が身体を確実に大地に着地させようとするのに対し、サンバやボサノバを歌うポルトガル語の音は確実に大地から離れ空中に浮遊する(このことをポルトガル語に堪能な友人のサンバ奏者が歌いながら解説してくれた)。

日本語で洋楽を表現する時必然的に起こる「違和感」は、本当に日本語を崩すことでしか解決できないのだろうか。

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包丁記念日

2017-04-24 17:21:31 | Weblog

一昨日の22日は44回目の結婚記念日。

まあ、それはそれで毎年やってくることだし、もうすぐ金婚式かナぐらいの感慨しかないのだが、問題はそこではなく、今朝のこと。

 昨日東京からの帰りが小田急線の人身事故などがあって遅くなり自宅のある別荘地の入り口に到着したのが夜中の1時頃。

「この時間だときっと何か出るナ(別にお化けではなく)」と思いつつ運転していると前をノンビリと横切ったのはタヌキくん。

いつもこの辺りで「出る」んだよなと思っていたら案の定出た〜(ハハハ)。

きっとこの辺が彼(?彼女か?)お住まいなのだろう。

「鹿じゃないだけまだマシか」と思ってそのタヌキくんの横断をやり過ごして帰宅。

それから入浴したりしたものだから就寝は2時。

なので今日の朝、通常起きる時間には起きられずにいると「ヤマネコ〜」と呼ぶ恵子の声で目が覚める。

なんだもう朝か、朝食の用意が遅れたナ、やばい早く作らなきゃ….とやおら起き上がる。

すると、「これだけしかできなかった」と恵子がテーブルの上にある白い皿を2つ指差す。

そこにはなんとスライスされたトマトが!

え?これどうしたの?と聞くまでもなく彼女がやったに決まっている(他に誰がやると言うのだ)。

でも、どうやったの?と聞かずにはいられない。

うん、左手で。

右手はどうしたの?使ったの?

うん、右手はちょっと添えて左手で包丁使った。

そうか。

ここまでできるようになったか…。

感無量というよりは、必死に料理をしようという気持の前向きさにちょっと感動した。

食べる時、ほんのちょっとだけトマトの下の方がつながってるナとか思ったけど、そんなこと彼女に言うわけない(というか、「言えるか!」)。

 

嬉しくて、短歌集まで出している恵子の前で素人の私が一首ヒネった(私は、ほとんど短歌なんて作ったことのないド素人だ)。

「包丁が 使えたと喜ぶ やまねこさん  昨日の狸 やってくれたね」  

ハハハ、…お後がよろしいようで、となるような恥ずかしい出来だが、恵子は笑っていた(そりゃそうだ、笑うしかないだろう)。

昨日東京で会った友人にその歌をメールで送ると早速歌が返ってきた(妊婦のくせに返歌早いナ)。

 「妻からの左手の愛情、初夏のトマトによせて」

なんか、こっちの方がウマい(座布団3枚!)

 

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ある音楽業界団体から届いたメールにちょっと心がゆれた

2017-04-18 09:21:39 | Weblog

そのメールは今年3月に亡くなった大先輩ミュージシャン(というより元GSの芸能人としても超メジャーな方)M.Kさんを偲ぶ会が5月の連休中に都内のホテルであるというお知らせだったのだが、連休中に伊豆と都内の往復なぞ狂喜の沙汰なので99%出かけることはないと思ったものの、その会の発起人や関係者の名前が気になって「もしあの人が来るなら….」と1%の心がザワついた(行きたい気持も少しはあるんだな...フフフ)。

会の発起人には日本の音楽芸能界の超有名人たちが名前を連ねているが、私が気になったのは主催する音楽プロダクションやレコードメーカーの中にあの人の経営する事務所の名前がないだろうかということ。

結局それは発見できなかったが、「あの人はきっと来るナ」という予感は残った。

だって、こうした関係者の中でも一番 M.Kさんに親しかったのは「あの人」に違いないからだ(しかも、あの人は、こうした集まりで「芸能界のドン」のようにふるまうことが大好きな人でもある)。

生前のM.Kさんとあの人と私の3人。

あの人の自宅で何回か夜通しお酒を飲んだこともあった。

私が一番年下。

でも、私もそれなりにキャリアはあったので共通の友人もいたし、なによりも音楽業界、芸能業界というのは本当に狭い世界。

噂話しには事欠かない。

そんなウサワを酒の肴にしつつもすぐに哲学っぽい話しになってしまうのがこの人たちとの酒宴の面白いところだった(「あの人」は慶応大学出身の自称「昔の文学少女」、だ)。

今回の会も他の参加者には興味はないが、「あの人」が来るなら会いに行きたいという思いが少しある。

「あの人」と、何か昔の恋人のような持って回った言い方をしているが、ある意味そんな風に思われても仕方のないほど親密だったことは確かな人だ(もちろん、実際につきあったわけではないが)。

私よりは年上のオバサン。

だから、私は彼女の「カバン持ち」のように彼女の世話役になることも多かった(本当に酒癖の悪い人で私が彼女を無理矢理タクシーに押し込みかついで家まで連れ帰ったことも一度や二度ではない)。

ただでさえ派手な音楽芸能業界でも、私は「あの人」ほど派手な人を見たことがない(ファッションがハデというわけではなくその存在自体が超目立つ人なのだ)。

街を歩いているとすれ違う人たちは「絶対」と言って良いほど振り返る。

しかも、お尻よりも下までたれ下がる髪の長さにも圧倒される、明らかに「堅気」ではない(笑)とわかるご仁だ。

今はもうおばあちゃんと呼ばれてもおかしくないぐらいの年令のはずだが(ここ何年も会ってはいないが)きっと相変わらず「ハデなんだろうナ」と想像する(そういう意味では会うのは怖いが、回りが音楽芸能業界人ばかりのところでは別にどうってことはないかも....)。

自分が芸能人だったことは一度もないし、芸能人だと思ったことも一度もないが、十代の頃からそういう音楽芸能業界の中で生きてきたことだけは確かなので、最近はこうした音楽家の「訃報」に接するたびに(自分の過去を)振り返ったりする(私のキャリアは、十代の終わり頃ある有名な音楽家の付き人から始まったわけだし...ナ)。

きっと連休直前まで(行こうか行くまいか)心がゆれるんだろうナ、ハハハ。

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幸せの脳

2017-01-23 17:53:41 | Weblog

というコンセプトで知られるようになったのが(多分日本だけかもしれないが)、アメリカ・ハーバード大学の脳科学者(厳密には脳解剖学者)ジル・テイラー博士の唱える「右脳と左脳」に関する説(でも、テイラー博士自身がそんな「幸せの脳」なんていうコピーを考えたとは思えないが)。

私がここ数年行っている「音楽と認知症」についてのセミナー/講演会でも彼女の説はよく引用する。

曰く「左脳で論理的に思考していくと人間はとことん<自分と他人を区別しようと自己を主張して>エゴイスティックに行動するから結果として争いを引き起こしてしまう(どこかの国の大統領もそうだし世界中がこの傾向に向っていてけっこうヤバい)」。

だから、「自分も他人も自然も宇宙もありとあらゆるものすべてが渾然一体となっている右脳で思考した方がより「幸福」になれる」(この考えはけっこう宗教的だが合点はいく)。

つまり、この彼女の説を拡大解釈して「右脳思考こそが人を幸福に導いてくれる=右脳は幸せの脳」として信奉する人が世界中にたくさんいるのだ。

私も彼女の考えを基本的には支持するのだけれども、かといってそう短絡的に「右脳で思考していれば幸せになる」とは思わないし、思えない。

だって、人々がみんな科学的な論理的思考をやめて(というより、自己主張をやめて)みんな右脳思考で「芸術家」になれば全員ハッピーになるかと言えばそう簡単なものでもないだろう。

人間の脳を半分にカッポリ割って「右か左か」でどっちかを選ぶような器用なマネなどできるわけないし、人の幸せが「左右のどちらか」で左右されるというものでもないはずだ(だったら、みんな左脳を切り取って右脳だけで暮らすサイボーグのようになってしまう)。

私が恵子の介護を始めてからより鮮明に思うようになったのは、「日常の維持」ほどシンドイものはないけれども、逆にこれ以上楽しいこともないナということ。

「日常を維持する」ということは、すなわち「生きていく」ということ。

だから、恵子と二人で生きていくことこそが「介護」だし、ことばを変えれば「幸福」ということかナとも思っている。

私はTVを持たない人間。

その理由は「TVがある生活がカッコ悪いから」とかいろいろあるのだけれども、多分自分の中で一番強い理由はこれなんじゃないかナと思っている。

「不幸になりたくないから」。

もちろん、TVを見ると不幸になると言っているわけではない。

もっと単純なこと。

TVというメディアの情報でストレスを溜めたくないからだ(だって、 TVってウソばっかりなんだもの)。

それだけのこと。

私の「幸福論」は、テイラー博士とは違ってもっとシンプル。

幸福になるには「不幸にならなければいい」。

別に禅問答をやっているわけではなく、人が幸福になるために一番しなければならないことはたった一つだろうと思っている。

「自分を不幸だとは思わない」こと。

だって、人間ってみんな不幸にはなりたくないくせに、自ら「不幸になりに行っている」ような気がしてならないのだ。

人は、自分を他人と比較した瞬間不幸になる。

経済的な格差、容姿の比較、社会的地位の格差….ありとあらゆる「差」が人を不幸にしてしまう。

おっと、これは(「格差をなくそう」とか「競争社会をなくそう」とかいう)社会批判ではなく人間の思考に対する私なりの考えなので誤解のないように。

格差があることを認めるとか認めないといった(政治的/社会的主張)ではなく、格差を意識しなければ良いだけのこと。

あの人は私よりお金を持っている。

だから何?

あの人の方が私より社会的地位が高い。

だから何?

あの人の方が私よりルックスが良い。スタイルが良い。

だから何?

あの人は普通に歩けるのに私は歩けない。

だから何?

あの人の方が私より有名だ。

だから何?

つまり、「今ある自分」を(正しく)受け入れない限り人は永遠に不幸から抜け出せない。

だから、恵子が脳卒中になって半身麻痺している彼女を世話することで自分が「不幸」だと思ったことは一度もないし(彼女自身もそう思いこまないように常日頃努力している)、むしろ「こんな貴重な体験できて幸せかもネ」と思っている。

もちろん、毎日彼女の世話をしながら気を使い、食事を三度三度作り、掃除をして洗濯をしてアイロンかけて(私はこれがけっこう好き)、買い物をしてという家事をこなしながら仕事もやっていくのはそれほど簡単ではないけれど、別にそれが「イヤだ」と思ったこともない。

むしろ、そういう「キツイ」生活をやりくりしていくことの方がかえって楽しかったりする(オレってけっこうMかナ?ハハハ)。

つまり、自分の生活の中から「不幸の種」を極力排除していけば「けっこうこれはこれで幸せになれるジャン」という感覚だ。

認知症の人に対するケアにしても、妻のような身体の不自由な人へのお世話にしても、「イヤ」だから誰か代わりの人にやってもらおう、という考えも当然成り立つけれども(そこに介護保険制度が存在するんだけれども)、人の世話って究極「愛情」がベースにないと絶対に成り立たない。

しかも、その関係(介護する人とされる人の心のすき間)に「不幸」という感情は絶対に入れない方が良い。

それが(介護スタッフのような)仕事であれ家族に対するものであれ、何らかの「不幸」な感覚がそこに入るだけで全ては「負のスパイラル」に陥ってしまう(介護の現場で起きるすべての不幸な事象はここから始まっているはずだ)。

結局介護とか看護って家族がやるのが一番ベストだし、それの方が介護する人もされる人も幸せになれるのにナと思う(ホントそう思う)。

でも、実際の世の中そうはなっていないのは、どこかに根本的な間違いがあるに違いないとも思っている。

だからこそ、そこを変えていくために「自分に何ができるのか」を模索し続けている(考えるだけではなく行動しない限り何も変わらない)。

別に「無理している」つもりはまったくないし、明日に希望がある限り人間というのは生きていかれる動物だ(これがなくなった瞬間がヤバい)。

テイラー博士の言うように「右脳で思考してニルヴァーナ(=涅槃)を感じることができればきっとこれ以上ない幸福感は味わえるのだろうけど、私にとっての幸福なんてそんな崇高なものではない。

単に、不幸だと思わなきゃいいんだよ。

それだけですべてのストレスが抜けていく。

 

 

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WAS

2016-12-02 22:28:23 | Weblog

当たり前のことを当たり前のこととして主張して、当たり前のこととして実行できる世の中だと良いナと若い頃からずっと思っていた。

でも、現実の世の中はそうはなっていないし、そんな(青い)ことを主張してもハジき返され挫折して「世の中ってこんなもんだよな」と不条理や不公平を嘆きつつ自分もその世の中に同化していく。

つまり、世の中の流れに順応していく方が(人は)はるかに生きやすい。

特に日本という社会は(世間という)「同調圧力」の強い国だと言われている。

外国の人から見れば何でもっと自己主張しないのと苛立つぐらい日本人は大人しく、一つの枠の中で同じことをしている(ように見えているはず)。

でも、私は「人が全員右を向いていても自分だけは左を向きたい」人間。

そこに人だかりがしていても絶対にその輪に入りたいとは思わないし、(何があるのかと)覗きたいとも思わない。

行列があっても絶対そこには並ばない。

二十代半ばで留学したアメリカのキャンパスで反捕鯨の団体がビラを配って何やら演説していた(あの頃シーシェパードがあったとは思わないが)。

すぐさま私は噛み付いた。

「なぜクジラだけ?なぜイルカだけ?」

かつてアメリカは捕鯨大国だったはず、先住民族が(必要最小限度)行っていたバッファロー狩りを大規模に行ってほぼ全滅させてしまい(代わりに)牛を飼い始めたのもアナタたちアメリカ人なのでは?(牛を育てるためにどれだけ地球環境が破壊され多くの食料が牛の餌として浪費されているのかをご存知ないのですか)等々。

もちろん、アメリカのキャンパスでごちゃごちゃとこんなことやりあったところでラチがあくわけではない。

でも、たとえそうだとわかっていても「いや、それは違うのでは?」と主張せずにはいられない(黙っていることは認めたことになると私は思うので)。

これまでどれだけ新しいことをやってきただろう。

しかし、何か新しいことを始めると必ず出て来るのが「それな〜に?」という単純な疑問と「そんなのできっこないよ」という無意味な否定。

そして、反発。

私は音楽家。

だから私の人生の目的は「コミュニケーション」。

というよりも「音楽はコミュニケーション」である前に「人はコミュニケーションで生きている」と信じている。

人間以外の生物でもコミュニケーションはあるはずなのだが(アリがお互いの触手でエサの在処を教え合っているのもコミュニケーションの一つだろう)、そうした生物にとってコミュニケーションはほとんど「本能」に近いのでそのことでトラぶることはあまりない。

でも、人間という生物はいつもこのコミュニケーションでトラぶってばかりいる。

その結果が「戦争」だったり「イジメ」だったりする。

ひょっとしたら人間はコミュニケーションが苦手なのでは?と思ったりもする。

せっかくコミュニケーションのために「ことば」や「文字」という便利な道具を発明したくせにそれすらまだ十分に使いこなせていない。

「音楽はコミュニケーション」なのだが、もともと音楽がコミュニケーションしていた相手は人間ではない。

人が「異界(神)」とコミュニケートするために発明されたものが音楽、なのだと私は思っている(その証拠に、どんな原始宗教でもどんな新興宗教でも音楽のない宗教は存在しない)。

例えば、キリスト教会の中にある神への賛美の道具の一つパイプオルガンには、人間の可聴範囲(20〜20000Hz)を越えた振動数の音がある。

「人間に聞こえない音がなぜあるの?」ではなく「神を賛美するためなのだから(その音が)人間に聞こえる必要はない」のだ。

ところが、時代とともに音楽は「異界とのコミュニケーション」の道具ではなく人間同士のコミュニケーションの道具になっていく。

まあ、音楽だけじゃなく、他の分野もルネサンス以降、人間中心になっていくのはこれまでの人類史でよくわかる。

百年ごとに歴史を見るのはあまりにも大雑把な見方だが、古典主義、啓蒙主義、ロマン主義、産業革命といった歴史の大きな流れを見ると、今私たちのいる21世紀はこれまでとは明らかに違った位相にいるような気がしてならない(それとも、違った時空と言った方が良いのだろうか)。

幕末の志士たち(特に薩長の志士たち)は攘夷を叫びながらも一方で(それと矛盾した行動を起こして)外国に密航してイギリスの技術を学び明治という新しい時代を作った。

鎖国の間にヨーロッパは産業革命のまっただ中にあったからだ。

そのおかげでとりあえず19世紀の「モノの時代」に日本も取り残されずに済んだ(だいぶ世界から遅れたけれど、鉄道作ったり、船作ったり、ビルもたくさん作れたのは彼らのおかげだろう)。

20世紀の「資本主義経済」の時代にもちょっとばかり繁栄を謳歌した。

ただ、….。

私たちの今いるこの21世紀という時代に、日本はもう既に取り残され始めているのではないかという懸念を強く持っている。

中国の有名な諺に「賢者が月を指差す時、馬鹿は指を見る」というのがある。

つまり、「見るべきポイント」を見誤るなということ。

賢者が作る国家はもう既に新しい時代を先取りしている(日本は今一体どこを見ているのかナ?)。

私が若い高校生たちと立ち上げた「 WAS」は、「福祉Welfareで人の生活を守り、Artで人の心を作り、Scienceで人の未来を作っていこう」という主旨のプロジェクト。

「19世紀はモノの時代、20世紀は経済の時代、21世紀は人のこころの時代」。

だからこそ、その「こころの時代」を担うのはまさしく21世紀を生き抜いていかなければならない十代、二十代の人たちだと私は確信している。

その彼ら彼女らと一緒に新しい時代を作っていこうと始めたプロジェクトだ。

地元の自治体がたまたま募集していた(移住、定住をテーマにした地方創生の提案募集の)コンペに応募した。

そして、私のこの「 WASプロジェクト」の提案が見事最優秀賞を受賞した。

今の地方都市の若い世代には(人生の)選択肢があまりにも少ない。

私自身は幸い東京生まれ東京育ちなので未来に対する選択肢はいくらでも存在した。

(若い時は)何でもできると思ったし、何にでもなれると思った。

しかし、今の地方の高校生たちの選択肢はごくごく限られている。

「進学」か「就職」か。

しかも、地元に残る選択肢はほとんどない(地元に大学や専門学校がある場所は限られているし、就職先だって限定される)。

これからの数十年で日本の地方都市の多くは消滅してしまうと言われている。

進学するにしても就職するにしても彼ら彼女らは都会に行くしかない。

そして、半永久的に故郷には戻らない。

いや、戻れない。

戻る「理由」がないからだ。

結果、地方の人口は減るばかりで、増えるのは空き家とシャッター通り、そして高齢者だけ。

高校生たちと話すのは、この WASを「大学か就職か」の二択以外の三択目の選択肢にしようということ。

「ここにいれば学べるし、スキルも才能も生かすことができる」場所にするということ。

といっても別に大学を作ろうとしているわけでも専門学校を作ろうとしているわけでもない。

というか、もはや学校という存在が世の中に必要なのかナという気もする。

たしかに、モノとカネが欲しければこれまでのように偏差値をあげて良い大学に入って良い会社に就職して良い家庭を持つといった従来型の人生設計を追っていれば良いのだろうが、今の若い人たちはそんな価値観を持っていない。

だからこそモノにこだわらないしお金にもこだわらない。

そんなものが後生大事に思われていた時代はとっくの昔に終わっているのに、大半の大人はそれに気づいていない。

か、あるいは気づいていないフリをしているだけなのか。

でも、確実に時代は変わっている。

「コンテンツ産業や IT 産業による町起こし」なんていうアイデアはもう既に日本のあちこちで始まっている。

既に成功した例だって幾つかある。

ただ、私は、単に町が活性化すればよいとは思っていない。

私たちの生活に、そして未来に本当に必要なものは何かを探していくためのプロジェクトだ。

だから、一番重要なコンセプトに「多様性」を掲げている。

生物が多様性を必要とするのは「種」が滅亡しないため。

ごく単純な理由だ。

でも、そのことに人間という生物だけが長い間気がついていなかったような気もする。

伊豆では、毎年春5月ぐらいになると「猿山」から幾つかのグループが追われて猿たちが移動を始める。

20〜30匹ぐらいのグループが新しい住処を求めて移動する。

この時期、小猿を器用に肩に乗せて群れと一緒に歩く母猿をよく見かける。

なぜか。

これも単純な理由から。

同じ猿山にたくさんの猿が同居し続けていると近親相姦を繰り返し、結果(自分たちの社会が)滅びてしまうことを本能的に知っているからだ。

だから、意図的に幾つかのグループを追い出していく。

こうやって猿たちも「多様性」を維持しようとするのだ。

人間でも、2000年ぐらい前にジプシー(つまりロマ族)が北インドから民族大移動を始めて世界中至るところに散らばっていった。

しかし、どういうわけか日本にだけはやってこず日本だけがその影響を受けなかったと言われているが(だから、日本だけ多様性から取り残されてしまったのかナ)、そうやって国家を持たずに存在する民族はロマ族だけではない。

ユダヤ民族だって第二次大戦後初めてイスラエルという国家を作ったわけで、それ以前にユダヤ民族の定住国家はなかった。

時代はどんどん変わっていく。

人も環境も宇宙も不変ではない。

私は、今の若い世代が「モノやお金にこだわらない」のはとっても良い傾向だと思っている。

だからこそ、若い人たちは、既存の組織や考えにこだわらずに新しい「イノベーション」をどんどん起こそうとしている。

どんどん起業している。

もうそういう時代に入っているのだ。

モノに固執しなくったって、お金に固執しなくったって「感動したり幸福感を持ちたい」という願望は誰にもあるはず。

それが映像や音楽、ゲームやアニメであるという時代の流れはもはや誰にも止められないし、止める必要もない。

ゲームだろうがアニメだろうが音楽だろうが、人の才能やスキルで作り出されたもの(つまりは、人の「こころ」が作ったものだ)。

かつては、サブカルチュアとして社会のマイナー枠にいたこれらの「コンテンツ(産業)」がもはや私たちのメジャー(中心)にでんと鎮座している。

「今日」から「明日」へ移る時間の流れの中で「未来」を作る事業を行っていく場がWASである。

多様性というのは「違うことを否定しない」こと。

違う相手を認めるところから出発すれば、すべてのコミュニケーションはうまく行くはずだし、違う他者を否定しようとするイジメも生まれるはずがない。

高校生は私にとってほぼ孫の世代。

でも、私はけっして彼ら彼女らのことばを否定しない。

否定から生まれるものは何もないからだ。

 

 

 

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毎日がミュージカル

2016-10-29 11:25:17 | Weblog

といったって、別に毎日ミュージカルを見ているとかそういった話しではない。

これは、多分私の個人的なクセで(と言っても、これは妻と二人だけの状況でしか起こらないことだけど)、私は自分の会話をすぐ「うた」にしてしまうクセがある。

ほとんど99%、その場で創作する「アドリブ」だけど、話すことばに忠実にフレーズやリズムを乗せて歌う(当たり前だ。そうじゃなきゃ歌になるわけない)。

だから、当然子供のうたのように「シンプルで繰り返しの多い」フレーズばかり。

気がつくとこれをやっているから、きっと二人(夫婦)の間の符丁のようなものに近いのかもしれない。

別に恵子を明るくしようとか元気づけようとかいう意図ではない(だって、彼女が病気になるはるか前からコレだから)。

ただ単に気がつくと「あっ、歌ってる」という感じ。

どれぐらいの頻度かというと、多分会話の1/3ぐらいはコレ。

他人から見るとけっこうな頻度だろうと思う。

ということは、それを毎日聞かされている恵子にとってもかなりの頻度に違いない。

それに気づくと「ウルサイだろうな」と思い彼女に聞く。

「ウルサイ?」。

すかさず「うるさい」という返事が返ってくるからきっとそうなのだ(ハハハ)。

1/3は歌ってると言ったが、じゃあ、歌ってない時はごく普通の会話かというと、これもそうでもない。

たしかに「歌ってこそ」いないが、その代わり身体のどこかが動いている(ことに気づく)。

動いているというは、つまり身体のどこかがリズムをとっている、ということ。

これだってそばにいる人間にとってはかなり「ウルサイ」はずだ。

朝一番、起き抜けにやる私の仕事は、彼女と私の血圧を計ること。

この時も(無意識に)「血圧はかろう、血圧はかろう〜」と歌っている(ははは、マジかよ? 朝っぱらからよく歌えるナ)。

かと思えば、玄関の呼び鈴がなると「誰か来た、誰か来た〜」と歌いながら玄関へ向う(もちろん来訪者の目の前ではビタリとやめるが)。

一日の最後に温泉で「足湯」を作ってベッド脇で恵子の足のマッサージをする。

この時だって、歌いはしないが、何かリズムを取っている。

つまり、私って「多動症かナ?」と時々思う。

私が今小学校にあがるかあがらないかぐらいの年令だったらまず間違いなく教師から親が呼び出されて「病院に行かれた方がよろしいのでは?」と言われるはずだ(つまり、 ADHDではないの?と)。

小学生の時の通知表の評価欄の脇にも担任のことばで「落ち着きがありません」と書かれていたぐらいだからきっとそうだったのだろう。

うわ〜、これってヤバイじゃん。

今だったら、完全に「問題児」の仲間入りだ。

でも、幸い私が子供だった頃はめちゃくちゃ社会がおおらかで「何でも許容していた」時代だから「こんな子もいて、あんな子もいて…」といろんな生徒を学校が認めていたのだと思う。

つまりは、今よりも日本の社会そのものに「多様性」があったのだ。

そう考えると現代の子供というのは、どれだけ生きにくいのかと思う。

社会や世界がこれだけ「広がり発展した」ように見えても、その実人々の心は逆にどんどん「狭く」なっているのかもしれないと思う。

多分、本当の「天才」はこの時代現れにくいのかもしれないとも思う。

他と「違う」ことを許さない社会は、「天才の出現を拒む」からだ(だから、ほんのちょっと違うだけで「この子は天才だ」と騒ぐ...「その程度で...!」アホらしい!)。

音楽でもアートでも、さまざまな分野で「技術」はものすごくレベルアップしたような気がするけど、みんな同じで「ツマラナイ」。

なんでみんな同じなのかナ?

私が小さい時、「演奏」や「音楽」に感じていたこと。

それは、ノーミスでの演奏ほどつまらないものはない、ということ。

「完璧に演奏する」ことを目指す人が多ければ多いほど音楽の質が下がっていくような気さえする。

だって、音楽の表現って「ミスをしない」ことが目的ではないはず(たとえクラシックのような再現芸術であっても)。

私は、音楽とはその人の「こころ」を音を通じて相手に伝えることだと思っているので、ミスをするかしないかなんてことはどうでも良いことだと思う。

よく終演後のコンサートの楽屋でステージから戻って来るなり「ああ、あそこ間違っちゃった」と叫ぶご仁がいる。

完全なバカ野郎だと思う(女性でも)。

お前さん、お客さんのこと考えてなかったの?

アナタ、一体誰に向って演奏していたの?

自分のことしか考えてないから「ミスしたかどうか」にこだわっているのだと思う(きっとこのご仁にはそこしか見えていなかったのだろう)。

なので、そういうことをおっしゃる方とは二度と一緒に音楽を分かち合いたくない。

音楽ってもっと自由でもっとハッピーなものでしょう。

同じように人生も、もっと自由でハッピーなものでしょう。

今、この瞬間がハッピーと思えなかったらいつハッピーになるの?

私はそう信じているんだけどナ…。

 

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ボブ・ディランがノーベル文学賞を取ったことで

2016-10-15 07:51:43 | Weblog

作曲家アイヴスのことを考えた。

今回のディランの受賞で、ディランがピューリッツァ賞やその他たくさんの賞も取っていたことを初めて知ったけれど、作曲家アイヴスだってピューリッツァ賞を取っている。

自称「アイヴス研究家」の私にとってチャールズ・アイヴス(1874~1954)というアメリカの作曲家のどこが魅力かと言えば、正直言って彼の作品自体というよりも、彼のアイデアやその生き方。

ディランとアイヴスではその音楽は「天と地」ほども違うけれども、両者に共通しているところもある。

強いて言えば、両者共完全に「我が道を行く」(ぶれない)生き方かもしれない。

私は、ボブ・ディランがノーベル文学賞を取れるのだったら、それよりも先にアイヴスにこそ「ノーベル文学賞」をあげるべきだったのではとさえ思う(でも、亡くなった人は対象ではないのでこれは詮ない願い)。

アイヴスのピアノソナタ第二番<コンコード>には、「ソナタの前にEssays before a sonata」という文章がついている。

別に研究論文ではなく単なるエッセーと(自分では)言っているけれども、これが超難解な文章(しかもけっこうな量)。

このソナタが長い間「演奏不能」と言われたのは、その技術的な難しさだけでなく、この「エッセー」の難解さも影響したのかもしれない(4楽章の終わりにフルートのオブリガートがついているのでこの曲の演奏には何度か立ち会ったが、さすがにどのピアニストもその演奏に苦労していた)。

4楽章のそれぞれにアメリカの超越主義文学者の名前のついたエッセーが用意されている。

1楽章、エマーソン(アメリカの思想家、哲学者、宗教家)、2楽章、ホーソン(小説『緋文字』で有名な19世紀米文学者)、3楽章、アルコット「自分の無知に無知なことは、無知な人間の慢性病である」ということばで有名な19世紀アメリカの教育者、4楽章、ソロー(小説『森の生活』で有名な19世紀米文学者)。

これら4人の米文学者と対峙したアイヴスのこの『ソナタの前に』という文章は、現在でもアメリカの大学文学部のテキストとしてよく使われている(アメリカの「超越主義」文学というのは、「神秘主義」とほぼ同義語のように扱われている)。

こうなると、ディラン同様、「音楽家と文学者」が一人の人間の中に同居していても何の違和感もない。

しかも、アイヴスには、音楽家、文学者という「顔」以外にも実業家とスポーツ評論家という顔もあったのだ。

彼は、エール大学で音楽を学んだ後プロの音楽家にはならずに生命保険会社を起業してそれを定年まで勤めあげた人物(この会社は今もアメリカのメジャー保険会社の一つとして残っている)。

生命保険は人々の命を守るために必要なモノという彼の信念が会社を起こさせたのだ。

彼の「人物像」をひとことで言うならば、筋金入りの「平和主義者」。

彼がルーズベルト大統領に直訴した手紙が彼の著作の中に残されている。

現在の国連とまったく同じコンセプトの組織(peoples’ world nationとアイヴスは呼んでいいた)を世界平和のために作るべきだと大統領に訴えているのだ(もちろん国連が作られるはるか前に)。

それに、彼の日常生活も、作家ソローの『森の生活』そのもの。

会社はボストンにあったが、ふだんの生活はボストン郊外の森(その場所の名前がコンコード)の中のログハウス。

都会と自然の中を行ったり来たりしながら、ウィークエンドだけ作曲を続けるという生活を続けていた(この辺り、最初はサラリーマン作曲家だった小椋佳さんに近いかナ)。

私がアイヴスにのめりこむキッカケになったのが彼の書いた『114の歌曲集』。

アメリカで音楽を勉強していた時、「楽曲分析(アナリーゼ)」の時間に初めて聞いたこの「歌曲集」の詞の深さに圧倒された。

「え?ウソ!?こんな曲をこれだけたくさん作った人が世の中にいたんダ!」という衝撃。

ジョン・ケージがやった数々の実験も山下洋輔がやったアヴァンギャルドもすべてアイヴスが先にやっていた。

そうした彼が成し遂げた数々の現代音楽の実験にも圧倒されたが、私はその詞の内容に打ちのめされ、以来今日まで彼の楽譜と著作を集めまくってきた(レナード・バーンスタインはハーバード大学でアイヴスの講義を続けていて、その一部はyoutubeでも見ることができる)。

私も、もちろんアイヴスに関する著作の出版を試みたけれど「そんなもの売れないよ」とすべての出版社から断られた(日本じゃ当たり前かもネ、ハハハ)。

もし彼が今も生きていたらピューリッツァ賞だけでなく、ボブ・ディランと同様にノーベル賞を取っていたことは間違いないだろう(彼には、平和賞の方がふさわしいかもしれないが)。

案の定、今回のボブ・ディランの文学賞にクレームをつける人たちもいたようだ。

「文学はこうでなければいけない」とか「音楽がこうでなければいけない」といった考え方そのものが時代遅れだし、多様性という人間にとって一番大切な基本に逆らうことになるのでは思う。

人は皆違うし、考え方も違う、だから面白いし、だからこそ人はみんなハッピーになれると思うのだが、そう考えない人も世の中には多い(らしい)。

違いを認めない(きっと「違うこと」が怖いんだろうネ)。

だから争う(ヒトラーの考えの根底にはきっと「恐怖心」があったのでは?)。

結果、戦争や紛争が絶えない。

別に音楽だろうと文学だろうと同じじゃないの?と思う。

だって、人が頭の中で想像すること、問題にすることって結局「人生のこと、愛情のこと、神のこと、死のこと、…」じゃない。

それをことばで表現しようが音で表現しようがだろうとそんなこと関係ないじゃない。

ことばだって音だって、そんなの所詮人が神から借りた道具を使っているだけなんだから、もっと謙虚にその道具を「使わせてもらえばよい」だけの話し。

別にノーベル賞がえらいとはちっとも思わないけれど、「文学」ということばの多様性を気づかせてくれただけでも今回の文学賞は価値があるような気がしてならない。

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便利さが認知症を作る?

2016-10-04 10:55:54 | Weblog

この時期の伊豆急の電車は観光客が多い。

昨日も昼ちょっと前の電車に乗るとたくさんのグループがいきなり駅弁を広げ始めた。

別に嫌いな光景ではない。

そんな光景がひと段落した後、向いの4人がけに座る家族連れの中の一人の少年の行動が目についた。

小学校にあがるかあがらないかぐらいのその少年の両手にはまったく異なる二つの玩具のパーツが握られていた。

右手に小さな電車の模型(Oゲージっぽい)。

左手にロボットの頭のようなもの。

彼はその2つを一生懸命くっつけようとしている(まるでそれらが合体ロボのパーツの一部であるかのように)。

どうやってもくっつかない(当たり前だ)。

でも、彼は、あきらめずに何度も試みる。

横の母親らしき女性は、そんな彼には目もくれず連れの女性との話しに夢中だ。

絶対にはまるはずのない二つのパーツは、ひょっとしたら彼の頭の中ではそれが見事に「合体」しているのかもしれない。

「どうしてくっかないんだろう?変だな?なぜかな?」

きっと彼の頭の中にはたくさんの「?」が渦巻いていたはずだ。

と同時に思ったのは、この時の彼の脳の中のシナプスの発火のスピードと回数はハンパないだろうナということ。

「なぜ?」「どうして?」という頭の回路は、本来結びつくべき神経細胞と細胞の繋ぎ(つまりシナプス)がどこにあるのかを探しまくる。

そうやって確実に子供のシナプスの回路は増え脳は成長していく。

だからこそ、高齢者を対象にしたシナプソロジーというエクササイズが開発されたのだろう。

このエクササイズでは、右手、右足なら簡単にできる作業をわざわざ左手、左足にやらせたりする。

逆もしかり(最近ではさまざまな高齢者向けセラピーがこの方法論で開発されている)。

少年の左手に握られたロボットの頭が、いとも簡単に右手のロボットと合体してしまったら彼の脳には何の変化も起こらないかもしれない。

電車とロボットが「違う」ものだということに気づくのか、あるいはそれでも「合体させる方法」を必死で見つけようとするのか(「不可能」だということに気づくのか、あるいは「不可能ではない」ということに気づくのか)。

いずれにしても、彼が行っている「理不尽な」作業が彼の脳の成長に果たす役割はけっして少なくないはずだ。

物事があまりにも簡単に成し遂げられてしまうことが果たして人間にとって良いことなのだろうか、と思う。

今、世の中は、先ほどのシナプソロジーのように認知症を予防するために人の脳細胞を活性化するさまざまな方法を躍起になって開発し紹介している。

でも、そんな努力をせせら笑うようにまったく逆のベクトルにも世の中は進んでいる。

何かわからないことがあったらスマホで検索すればすぐ答えにたどり着ける。

それって「きちんと順を追って物事の答えや真理にたどり着こう」という努力を放棄しているだけじゃなくって、自分の脳細胞をわざわざ死滅させていることにはならないのだろうか。

今日私が電車で見た少年のような試行錯誤や「何やってんだよ」という(いっけん無駄のようにも見える)努力を放棄した瞬間、人は老化し始めるのでは?

近年認知症人口が急激に増えているのは、必ずしも高齢者の人口が増えているからという理由だけではないような気がする。

なぜ人は「世の中が便利になる=人が頭を使わずに生活できるようになるのだから、結果、脳細胞はどんどん衰えていく」という風には考えないのだろうか?

本を読まなければ人は本当の知識を得られない。

本を読むという能動的な学習方法と教室の授業を聞くという受け身の学習方法ではその知識の身に付き方は天と地ほども違う。

一体どんな学習方法で人は知識を脳に定着させるのか、を図式化した「ラーニングピラミッド」で一番知識の定着率が悪いのは教室で単に授業を聞く事だ。

先生や学者の意見を聞いたところで、そこで得た知識が頭に残るはたった5%。

95%はすっかり脳から抜けてしまう(なんというムダ!)。

ネットで得た知識だって翌日には忘れてしまう。

学んだことを本当の知識にしたかったら「体験」するしかない。

体験学習による定着率は70〜80%。

教室の授業が、人生においていかに「時間の無駄」かがよくわかる。

年寄りになったら「脳が老化するから活性化させなきゃダメ」とわざわざメンドくさいことを年寄りにやらせる。

見ていてすごくアホくさい。

だって、それやるなら本当は若い人でしょう?

若い人が楽な生き方していたら人間としての成長が止まるだけでなく、確実に認知症予備軍になってしまう。

どうも、日本の政治や行政のやることってチグハグで本当に行き当たりバッタリにしか見えない。

もし本気で「認知症を予防しよう」と思うのだったら、なんで年寄りにばかり「脳の活性化」を押し付けるのだろう。

若い人は元気で働いているから生活の中に刺激もあって脳は日々活性化されているからその必要はない、と本気で言えますか?

すべての知識をネット(スマホも含めて)に頼っていたら確実に老化のスピードは早くなるんじゃないのかナ。

もっと本読みなさいよ。

もっと現場で体験しなさいよ。

まったく違うパーツを何とか合体させようとしていた昨日の電車の少年の努力は将来絶対に無駄にはならないはず。

ひょっとしたら、彼、何十年か先のノーベル賞候補になっている逸材なのかもしれない。

 

 

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『障害者は感動ポルノ』論争

2016-09-08 08:57:53 | Weblog

「今さら」の感もある。

しかし、最近『24時間テレビ』と NHKの『バリバラ』の間で(ネットを中心に)この論争が盛り上がっているようなので改めてひとこと(別に、今日パラリンピックが開幕したこととは何の関係もない)。

この「障害者は感動ポルノ」ということばは、コメディアンでジャーナリストのステラ・ヤングさんが最初に発したことば(元記事はこちら http://logmi.jp/34434)。

今回の「感動ポルノ」論争は、TV番組同士のバトルから始まった(と言われている)。

『24時間TV』の偽善的な(もちろんあからさまにこんな風に言われてはいないが)障害者報道に NHKの自称・障害者バラエティ番組の『バリバラ』が挑戦的な姿勢で臨んでいるとネット上で報道された。

これは、簡単に言えば目線の違い以外の何ものでもないのだが、この手の論争は(問題の本質をあぶり出してくれるので)多いにやって欲しいと思っている。

しかし、やはり(今回も)メディアは、この論争を「感動か笑いか」という風に論点をすり替えてしまっている(この点は、ひょっとしたら『バリバラ』に出演されている障害を持った人たちがNHKというメディアに利用されている向きもなきにしもあらず)。

私は、TVを持たない人間だが、『バリバラ』も『24時間TV』もどんな番組かはよく知っている(つもりだ)。

片や、いろいろな障害を持つ人たちが主役で進行するバラエティ番組(だから、バリアフリー・バラエティなのだろうが、最初にこれを観た時「なんでこんなタイトル?!」という違和感は正直拭えなかった)、片や健常者目線で「世の中の恵まれない人に愛を」的なキャンペーンを行うチャリティ番組。

目線がまったく違う。

ステラさんが訴えていたのは「障害者を健常者の感動のネタにするな」ということ。

障害者が未だに「フリークス」を見るような目で見られているということと、その「フリークス」を見ることによっていかに健常者が優越感に浸ろうとするかを「障害者は感動ポルノ」ということばで表現したのだ。

その意味では、ステラさんは「感動も、(人間の)欲望(のひとつ)だ」と定義していることになる。

最近よく言われる「心のバリアフリーを」みたいな論調も笑止千万。

バリアフリーに心と身体の区別なんかあるものかと私は思う(「心のバリアフリー」ということばはメディアや施政者にはとても好都合なことば)。

本来、バリアフリーとは(これ自体、和製英語だが)、この地球上すべてにある(健常者が障害者を見るような)「上から目線」を排除することであって、性差別、年齢による差別、仕事による差別などをなくし多様性を大事にすることも、環境を守っていくことも、イジメをなくすことも、基本的にはまったく「同じこと」。

喜劇王チャップリンや哲学者ニーチェもこのことを(別の言い方で)表現している。

チャプリン曰く「人を笑わせるためには、自分を(相手より)落さなければならない」。

つまり、「笑い」とは、人の優越感を満たすものであって、そのためにチャップリンは自分自身を(面白おかしくして)落し、人を(優越感に浸らせて)笑わせようとした(『バリバラ』の関係者はそこまで考えて「笑い」ということばを使っていたのかナ)。

そして、ニーチェも「同情とは軽蔑である」と言いきって、人の心の(中に潜む)欺瞞を明確に言いあてている。

よく見かける光景だが、(人を笑わせる)芸を持たない芸人は、目の前のお客さんをネタに(お客さんを落して)笑わせる。

が、このやり方は論外。

芸人が(自分を高いところに置いておいて)お客さんを上から目線で落して(笑わせて)「どうするの?」。

それってもはや芸の名に値しないでしょ。

ここまで言えば、「障害者は感動ポルノ」論争のポイントが見えてくる。

人間が笑うという行為はまさしく優越感そのもの。

健常者は「障害者を見て(自分はそうではないことに安堵して)同情する」。

つまり「同情」して、「優越感」に浸って、「感動」するという、ごくごく簡単なロジックだ。

その意味では、「感動する」ことも「笑う」ことも本質はまったく同じ。

だから、「感動か笑いか」なんていう論点自体がナンセンスなのだ。

TVの「チャリティ番組」が偽善と言われるのは、その番組を見ている視聴者の心から(この)「優越意識」をぬぐい去ることができないから。

とはいえ、この「優越意識」を人間から取り去れと言ってもそう簡単ではない。

人間社会には「階級(クラス)」というものが存在していて、お互いに「上だ、下だ」「勝った、負けた」と言い合っている以上(というか、今の人間社会ってここにしかこだわっていない)、人の気持から「優越感」も「劣等感」も永遠に取り去ることはできないだろう。

ならば、せめても、「人はみな違う」「人の違いを認めて生きていく」という「多様性(diversity)の意識を伸ばすことによってしか(間接的に)人のサガである「優越感(=上から目線)」を排除していくことはできない(と人々は考え始めているのだ)。

大多数の人が「人と同じ」ことをして生きている(あるいは、生きようとしている)日本社会でこの「多様性」はそれほど素直には受け入れられない。

日本社会で「個性」は自分勝手と勘違いされ易いが、実際は逆。

相手や社会に対する細かい配慮なくして「個性」を伸ばすことはできない。

自分のしていることやろうとしていることをまわりに認めてもらうための不断の努力が結果としてその人の「個性」を認させることになる。

だからといって、私は「障害は個性の一つ」などという言い方はしたくないし、それは「違う」と思う。

問題はそこじゃない。

障害があるかないかが問題なのではなく、逆に「障害があるかないかなんてのはどうでも良いこと」という意識ですべての人間が共存できることの方がはるかに大事なことだからだ。

今月の2日から恵子の「作品展」が伊豆高原のギャラリーで開かれている。

先日このイベントが伊豆地方のローカル新聞で記事になった。

若い男性の記者が取材に訪れた。

彼女の作品のほとんどがデコパージュやトールペインティングなので、一からその知識を教えなければならなかったが(若い男性は基本的にこうしたクラフトに関心は低い)、出来上がった記事はきちんと整理されとても好感が持てる内容だった。

なによりも良かったのは、ことさら恵子の病気のことや身体の不自由さを強調していなかったこと。

記事のほとんどを作品の紹介に徹してくれたのは、きっとこの記者の若さもあるのではと思った。

障害や感動で人目をひこうという記事ではなく、恵子の作品とその作品に興味を持つ人たちを(記事によって)つなごうという意識がその記事から感じられて私は気持がよかった。

 

恵子自身が障害者になり、彼女と一緒に毎日生活する中で考え体験したことは「貴重な体験」とかそんなヤワなことばで言い表せるものじゃない。

今ある自分、今そこにある現実を受け入れられないことが最大の「不幸」であり、目の前にあることを素直に受け入れられれば人は(誰でも)幸せになれるんだ。

こんな簡単なロジックに人はなかなか気づきにくい。

 

 

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「貧しい芸術家はいない」

2016-08-28 15:59:29 | Weblog

十九世紀末、ノルウェーの貧しい漁村に住んでいる二人の姉妹。

この姉妹は、父が厳格なルター派教会の牧師で、父亡き後教会を守り村の人たちの監督牧師の役を引き受けて細々と暮らしている。

そこに住み着くお手伝いさんの名前はバベットさん。

もともとはフランスの三ツ星レストランの一流シェフだったバベットさんだが、1871年のパリコミューンの騒ぎでフランスを追われこの北欧の片田舎まで流れ着き姉妹の家の家政婦として働くようになる。

姉妹の毎日の暮らしを驚くほど豊かに切り盛りするバベットさんの唯一の楽しみはフランスの宝くじを買い続けること。

そして、ある日とうとう当りくじを引き当てる。

バベットさんは、姉妹や村人への感謝の印に昔働いていたパリの高級レストランのフルコース料理を当りくじで得たお金を全て使い果たしてもてなす。

これぞフレンチの極み!のような高級料理に対してわざと何も感じないフリをする村人たち(すべての快楽に対して禁欲的に生きるルター派にとって、カソリック信者のように味を楽しむことはある意味「罪」の一つだからだ)。

一方「こんな美味しいもの、フランスでも滅多に食べられない!」と目の前の料理やワインの蘊蓄を語る客の一人の将校。

この将校は、かつて姉妹の妹に恋心を抱いていた人。

晩餐が終わり招待された村人(姉妹も含めて)がこの上ない至福に浸る時、姉妹はバベットさんが「これが最後」と別れを切り出すものと覚悟する。

しかし、バベットさんの答えは意外なものだった。

「私は、また元の無一文になってしまったので、引き続き家政婦として働かせてください」と。

このことばを聞き姉妹は「(賞金を全部食事に使ってしまうなんて)なんでそんなバカなことをしたの」と唖然とする。

その問いに対する答えが「この世の中に貧しい芸術家はいませんから」というバベットさんのことば。

私は、この映画を最初に劇場で観た時、このことばを聞けただけでも映画を観た価値があったと思った。

しかし、原作ではもっと適確なことばで芸術の意味が説明されている。

バベットさん曰く「わたしは、すぐれた芸術家なのです。すぐれた芸術家はけっして貧しくなることはないのです」。

さらにこう付け加える「芸術家が次善のもので喝采を受けるのは恐ろしいことなのです。芸術家の心には、自分に最善を尽くさせて欲しいという世界中に向けて出される悲痛な叫びがあるのです」。

一番ではなくて二番で良いのではと言った政治家がいたが、世の中、最初から二番手を狙う人に何かを成し遂げられる人はいないと思う。

別に芸術だろうと科学だろうとスポーツだろうとどんな世界でも。

「芸術家が次善のもので喝采を受けるのは恐ろしいこと」。

私もそう思う。

だからこそ一切手を抜かずに全財産使い果たして最高のフレンチを村人たちにふるまったシェフ・バベットさんの味が「幸福」を招いたのだと思う。

 

『バベットの晩餐会』を書いたイサク・ディーネセンは、デンマークの貴族の家に生まれ嫁ぎアフリカに移住する。

しかし、夫のプランテーション経営は失敗し(しかも、夫は浮気で梅毒になってしまい彼女も感染させられる)離婚しデンマークに戻り作家として自立する。

しかし、まだ女性が自立して職業を持つことなど許されない時代だったため、彼女は、カレン・ブリクセンという本名を捨てて、イサク・ディーネセンという男性名で作家としての活動を始める。

それがこの『バベットの晩餐会』を書いた人物だ。

さらに、彼女の夫とのアフリカでのプランテーション経営破綻と恋愛の話しが、メリル・ストリープとロバード・レッドフォード主演の『愛と哀しみの果て(原題は”Out of Africa”)』という映画にまでなる。

『バベットの晩餐会』も『愛と哀しみの果て』もまだ観たことがないという人はぜひ二作ともご覧になることをお勧めする。

この2つの映画を既に見た人も、「『愛と哀しみの果て』でメリル・ストリープの演じる女性が、『バベットの晩餐会』を書いた人物なんだ」と思って見ればけっこう味わいも違ってくるだろう。

もちろん、私が一番注目してもらいたいのは、当時の北欧の貴族の生活でもアフリカの生活でもなく、「全財産を捨ててもなおかつ心を豊かに人を幸せにしてくれるもの、それが芸術なんだ」という点だ。

最近メディアで売れっ子になってしまった脳科学者の中野信子さんがどこかで(ご自分の IQの高さを例にあげながら)「IQの高さと人の幸せは比例しません」と言っていた。

当たり前じゃん。

そんなこと今頃気がつかれたのですか(と逆に彼女を突っ込んでみたくなる)。

実際は逆でしょう(とさえ思う)。

現実にはIQの高い人ほど、(お金や高い地位は得られるかもしれないけど)逆に、本当の幸せからは遠いのでは?

私の演奏(音楽)で誰かが幸せになれる。

もうそれだけで、私(自身)は貧しさから解放されている(ということになるのだ)。

バベットさんの料理で人が幸せになる。

この喜びを与えられる人たち(すべての芸術家)が貧しいわけはない。

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2016-08-23 18:05:33 | Weblog

先日、アメリカ人の友人3人とお茶している時(一人はアーティスト、一人は教育者とその娘で私以外は全員女性)、突然「ジョン・ケージのspace と日本の文化について…」みたいな話しになった。

日本の絵画とか音楽、そして人と人の距離、つまり「間」をどう計るかみたいな話し、ダ。

すぐに思い浮かんだのはかつて恵子がやっていた日本画。

彼女は帯の会社に勤め帯の下絵を描いたりもしていたが、アメリカ滞在中は、アートフェスティバルやマーケットなどで売ったりもしていた。

そんな時アメリカ人は必ずこんな風に質問してくる。

「この絵、まだ未完成なんだろ? 何も描いてないスペースがこんなに残ってるじゃないか」。

いや、そうじゃなくってさあ、と西洋人は日本文化の「間」が理解できないのかとは思いつつも、私と恵子で丁寧にゆっくりと「日本画の間というのは、これこれこうであって…」と説明してさしあげる(笑)。

その甲斐あって彼ら彼女らが本当に理解したかどうかはよくわからないけれども、最終的には「interesting!」とかいって買ってくれるのだから、私たちにとっては有り難いことだった。

日本文化には本当に何もない「space(間)」がたくさんある。

音楽でもしかりだ。

私は、かつて自分のリサイタルで(そういえば、そんなスタイルのコンサートから遠ざかって久しいナ…ハハハ)三味線とフルートの曲を知りあいの作曲家に書き下ろしてもらった。

その作曲家は弘前大学の教授で津軽三味線とオーケストラの曲をたくさん書いていた作曲家/指揮者の人だったので(しかも、私のごく親しい友人だったので)躊躇なく依頼した。

フルートとお琴のため曲はそう珍しくないけれども、フルートと三味線の曲なんて滅多にあるものじゃない。

もちろん、出来上がった曲は素晴らしかった。

でも、この曲の完成には一つ大きな問題があった。

それは、どうやって練習すればよいのかということ。

だって、三味線の演奏を頼んだ端唄のお師匠さん(粋な着物姿の似合う美形のオネエサンではあったが)オタマジャクシがまったく読めないのだ。

なので、取り得る方法は唯一つ。

私が、楽譜に書かれた音を一音一音歌いそれを彼女に覚えてもらったのだ(これがホントの「口三味線」ってネ、ハハハ)。

これは、ある意味、日本音楽の習得方法としてはわりとオーソドックス。

なので、彼女に三味線のフレーズを覚えてもらうのにさほど手間はかからなかった。

問題は、休符。

西洋音楽では、休符も音符と同じく「1、2、3、4」と数えれば用は足りる。

しかし、これが彼女にはまったく通じない。

これも、考えれば当たり前の話しなのだが、日本の伝統音楽で数は数えない。

フレーズと同じように「間」は「これぐらい」と感じるものなのだ。

恥ずかしながら、私はこの時初めてそのことに気がついた。

どうしたものか。

これも、答えは一つ。

彼女がどこでどれぐらい休むのかを(全曲を通して)私が感じ取るしかない。

私が彼女の「間を計る」のだ。

なので、間が悪ければ「間違い」になるし、逆の場合には、とっても「間が良い」ことになる。

はは〜ん、これネ…。

日本語の慣用句に音楽用語が多いのはこんな理由だろう(ちなみに「打ち合わせ」も雅楽で使う音楽用語)。

音楽の「お休み」というのは、けっして「音が何もない時間」ではないということだ。

「間」という音楽がそこには存在しなければならないということなのかもしれない(と、私は理解した)。

多分、ジョン・ケージが作った有名な『4‘33”』という曲(4分33秒の間演奏者は何も音を出さない)はこのことを表現したかったのだろう。

音楽って結局「楽器が何かしらの音を出していること」なのではなく、色や形で紙を埋め尽くさない日本画や日本庭園の「間」の概念のように、「世界は、あるものとないもので構成されている」ということを表現することに近いのかナと思ってみたりする。

まあ、それが本当に正しい解釈かどうかはわからないし、究極それが「正しいか正しくないか」はどうでもよいことなのだと思う。

同時に、こんなことも思い出した。

宮中で催す晩餐会。

そこで必ずといってよいほど雇われるクラシックの室内楽(私も、かつて一度だけ迎賓館で演奏したことがある)。

西洋の晩餐会でつきもののBGMには明確な意味がある。

それは、VIPの皆さんが食事をしている最中に一番起こってはいけないことを避けるための「保険」なのだ。

それは、たとえそれがほんの一瞬であっても絶対に起こってはいけないsilenceを避けるための「保険」と言ってもいいだろう。

「沈黙」は、晩餐会の最中に「絶対に起こってはいけない事故」のようなもの。

それを避けるために楽士は雇われる。

「間」を極力避けようとする西欧文化と「間」にこそ万感の思いを込める日本文化との違い。

これは、人と人との距離感でも同じ。

「空気の読めない」人というのは、結局、人と人との「間を計れない」人なのかもしれない。

 

 

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一人暮らしのおばあちゃん

2016-08-16 21:45:27 | Weblog

別荘地という、ちょっと変わったコンセプトの場所に住んでいるので、隣近所というのがあまり多くない。

この別荘地全体で何世帯、何人ぐらいの人たちが住んでいるのかもよくわからないが私のエリアには家が十数件ありそのうち常時住んでいるのは私の家も含めて5世帯ほど。

別荘地でいうエリアというは、東京郊外の建て売りが並ぶ新興住宅地によく見られる碁盤の目のような区画とは違い、どちらかというとドン詰まりの細い道路が無数にアリの巣のようにある(というか、人間の毛細血管といった方が近いのかナ)エリアの中の一つのドン詰まりエリアのこと。

その一つ一つのエリアだけみれば、それぞれまったくの「限界集落」。

まあ、日本中どこでもこういう場所は似たり寄ったりだと思うが、こういうエリアでの近所づきあいというのはとても微妙だ。

隣近所がけっこう遠い。

家は見えているものの、きっと大声出しても駆けつけてはくれないのでは…と思うぐらいの距離だ。

それでも災害を含めイザという時にはやはり近くにいる人同士の結びつきは欠かせない。

その私のエリアで一件だけ一人暮らしの家がある。

もともとはこの家のおじいさんとのつきあいもあったのだが、数年前になくなられ現在はSおばあちゃんの一人暮らしだ。

時々自分で作られた家庭菜園のものを「ダイコン持ってきたよ」と行って見えたりする。

私もお返しに「お菓子作ってきましたよ。食べてください」と持っていったりする。

そんな仲のおばあちゃんなのだが、最近姿が見えないナと心配になっていた。

朝の散歩の途中でも、「うん、どうしよう。ドアノックしようかナ」とも思ったりするのだが、まあお盆の最中だしどこかに出かけたのかもしれないと勝手に自分を納得させて人気のない家の前を通り過ぎる。

まあ、それでもちょっと心配で「電話を….」と思うものの、ダイヤルを回すきっかけがつかめないまま、そうだ、今日は午後から台風だナと思い、あわててスーパーへ買い物に出かけた。

するとよくしたもので、そこでちょうどそのSさんの向いの家に住むおばさんから声をかけられた。

これ幸いと私は「Sさん、どうしてます?最近見かけないですネ」と切り出すと彼女「ああ、Sさんね、いま東京の娘さんのところに行ってらっしゃいますよ」。

そうだったのか。

それならよかったと、とりあえず胸をなでおろす。

そう言えば、Sさん以前に言っていたっけ。

「前は、よくマゴたちが遊びに来ていたの。でもこの頃は虫が嫌いと言ってこちらに来るのをいやがるようになって最近はサッパリ」。

だから、おばあちゃんの方から娘さんやお孫さんたちに会いに出かけたのかナ。

年寄りに無理に旅させずにみんなでこっちに来てあげればいいのにとは思うものの、とりあえず無事がわかっただけでもデメタシ、デメタシ、でした。

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アクティブラーニングということを

2016-08-05 18:42:57 | Weblog

文科省が言い出した。

厚労省が「認知症カフェを作れ」と言い出したことと同じで、なんで行政の初動というのはこうも遅いのかといつも不思議に思う。

事件の初動捜査の失敗で迷宮入りする事件があまりにも多いのと同じで、アクティブラーニングも認知症カフェもきっとたいした成果をあげられずに終わるのではと思ってしまう(のは、勘ぐり過ぎかナ?ハハハ)。

大体が、こんな当たり前のことと今までやってこなかったことの方がオカシイ。

生徒が同じ格好をして同じ方向を向いて同じ教科書を同じように眺めていることが「教育である」ということの方がはるかにオカシイということにやっと気づいたのだろうか。

日本という国は、なにしろ「同じ」ということへの呪縛があまりにも多過ぎる。

なんで人と同じことをしなければいけないのか。

なんで人と同じように学校に行かなければいけないのか。

私の小さい頃からの疑問だし、今でも「疑問」に思っている。

先日ある高校生から「親になぜ大学に行かなければいけないのか尋ねても、とりあえず行けとしか答えてくれませんでした。どう思いますか?」と聞かれた。

みんなが大学に行くから、お前もとりあえず行け。

それって(マジに)答えになってないと思うのだけれども、きっとほとんどの親はそう答えるだろうナ(と思う)。

「みんなが行くから行く」「みんながやるからやる」。

だから、「オマエも大学にとりあえず行け」。

ある意味、この国ではこれが正論なのかもしれない。

でも、人生の一番ナイーブな時期にいる高校生にしてみれば、そんなこと「オカシイ」としか思えないだろう。

件の高校生、私から「そんなところ行く必要ないよ」という答えを期待したのかもしれないが、私としては「じゃあ、何をする」という代案を用意せずに安易に「大学なんか行く必要ないよ」と答えるわけにはいかない。

じゃあ、(大学に行かない代わりに)どうする?が必要なのだ。

「ラーニングピラミッド」というものがある。

どういう風な教育スタイルで学べば知識の定着率が高くなるかという分布をピラミッドのような表にまとめたものだ。

ピラミッドの頂上に行くほど定着率が悪い。

つまり、効率の悪い教育法ということになる。

このピラミッドの一番頂上にあるのは「教室での講義を聞くこと」。これが5%(の定着率でしかないとこのピラミッドは教える)。

その次に来るのが、「マスタークラス」などの特別な講義スタイルで、これが10%。

3番目が「視聴覚による授業」で20%。

次の「プレゼンテーション(生徒に発表させること)が30%。

そして、以下、ディベイト(50%)、体験学習(70%)、他人に教えること(90%)、と続く。

つまり、教室でただ授業を聞いていてもほとんど知識は頭の中に入りませんよということをこの「ラーニングピラミッド」は示しているのだ。

人に教えられるようになってはじめて「自分の知識」として定着する(そりゃそうだろう)。

だから、「アクティブラーニング」が必要なんです。というのが、おそらく行政の考えていること。

まあ、この定着率云々はアメリカの教育機関が調べた結果だからそのまま鵜呑みにもできないけれども、きっと概ね当っているのだろう。

いつも思うこと。日本の教育に絶対必要なのはディベイトや体験学習。そして、日本語の学習。

体験学習は、実際の会社やお店に体験的に「実習」として出向く授業は既に(小学校でも中学校でも)実施されているけれども、子供たちを営業時間内に引き受けるのはお店にとっても会社にとっても厄介なお荷物。

だから、どこかの高校のように、実際にレストランを作るところから「体験」して「運営」していけば本当の意味での体験学習になるだろう。

容赦なく人間の生活に入り込んできているロボットや Aiをうまく使いこなすワザを発見できるのは、間違いなく(頭の固い)大人ではなく子供たち。

ポケモンGO やペッパーなどという、現実の世界にVRが殴り込みをかけてくるような「無礼な存在」とどう対峙していくのか。

毎日の生活に容赦なく入り込んでくる(ビッグデータ)による「おせっかい」にも私たちは対峙しなければならない。

二十世紀に作られた数々のSFが現実のものとなっている「今の生活」に正しい処方を書けるのも子供たち以外にない。

「現実」を変えたいとも思わない大人たちの怠慢を子供たちが「未来の希望」に変えられるようにするにはどうしたら良いのかを最近よく考える。

その答えが、「アクティブラーニング」や「認知症カフェ」とは到底思えない。

 

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