敏翁のシルバー談義

敏翁の興味のスパンは広いのですが、最近は健康談義から大型TVを含むITと「カラオケ」「珈琲」にシフトしています。

ヘイズ・コード(=ハリウッドの映画製作倫理規定)

2008-11-08 10:06:04 | テレビ/メディア
 久しぶりの書き込みです。
 私のアカデミー賞作品賞(含・候補作品)を主体とした鑑賞も最新作から
 1940年までほぼ("ほぼ"とは古いものではDVD化されていないものも多い)完了しています。
 このような古い映画を見る時に、忘れてはならないのは掲題のヘイズ・コードの存在とその影響力です。
 その全文を見たいものと思っていましたが、下記書籍に補遺として掲載されている事が分かり、図書館で
 借りて読んだところです。
 加藤幹郎『映画 視線のポリティクス -古典的ハリウッド映画の戦い』
 筑摩書房 1996年発行 

 ここでは、加藤氏による解説と、加藤氏訳によるヘイズ・コード全文ののはじめから約1/5程度を
参考までにご覧に入れる事にしたいと思います。(以下『』内は引用)

 『以下に挙げるのは、一九三〇年から一九六六年までのあいだにつくられたおよそ
  ありとあらゆるハリゥッド映画を倫理的・政治的観点から強力に規制していた
  映画製作倫理規定(プロダクション・コードあるいはヘイズ・コード)の全文である。
  (中略)
  一九三四年から一九六八年までのあいだ、アメリカで映画を製作し、そしてそれを後顧
  の憂いなく円滑に上映したいと願う者はすべて撮影開始前に映画の脚本をPCA(映画製作倫
  理規定管理局)に提出し、そこでしかるべき判断をあおぎ、応ずべき修正要求には応じたうえ
  で、映画完成後、一般公開の前にもう一度試写室でフィルムのチェックを受けねばならなかっ
  た。
  ここで注意したいのは、会長の名をとってヘイズ・オフィスと呼ばれたMPPDA(アメリカ映画
  製作者配給者協会)とその下部組織PCA(映画製作倫理規定管理局あるいはブリーン・オフィス)
  とは、あくまでもハリウッドの自主検閲機構であったということである。つまり映画製作倫理
  規定は、ハリウッド映画産業界が連邦政府や宗教団体などからの外圧にわずらわされないですむ
  ように、産業界の自主性と独立性とを維持するために産みだされたものなのである。
  (中略)
  映画製作倫理規定は直接にはギャング映画にたいする批判牽制の目的で一九三〇年に公にされた
  が、かならずしも厳格に運用されたとはいいがたかった。それゆえ一九三四年、ハリウッドは
  力トリック団体によるボイコットか、それとも倫理規定の厳格な運用かの二者択一をせまられた
  結果、罰則規定をふくむPCAの発足と権力強化によって倫理規定の完全実施を各界に約束すること
  になる。
   そしてこのときヘイズによってPCAのヘッドにすえられたのが保守界の大物ジョセフ・ブリーン
  であった。以後ハリウッド映画は、このブリーンの倫理規定解釈によって運営されたといって
  もいいだろう。つまりブリーンが倫理規定条項をどのように解釈し、そしてスタジオ側に対して
  どのような修正要求をつきつけたかによって、ハリウッド映画の輪郭は定まっていったのである
    (その具体的事例については本書第1章を参照されたい)。
   そして映画製作倫理規定は、一九五〇年代後半からのなしくずしの運用破綻から一九六六年の
  抜本的改訂そして一九六八年の廃棄とレイティング・システムヘの移行にいたるまでの三十年以上
  て、文字通りハリウッド映画を規定しつづけるのである。
   ハリウッド映画はアメリカ合衆国においてユダヤ系新移民の新興産業として成立した。
  その産業界の保全機構の長に、旧移民の代表を任じたアイルラン下系の武骨な共和党政治家
  ウィル・ヘイズと、さらに本来ならば圧力団体の側にいたであろうカトリック系ジャーナリスト、
  ジョセフ・イグナチウス・ブリーソを起用したという事実はここで改めて強調しておくべきだろ
  う。このふたりはユダヤ的イデオロギー(もしそういうものがあるとすればだが)とはおよそ異なる
  立場に身をおいていたからこそ選ばれているのである。かれらはそれぞれブルジョワジー的価値観
  とローマ・カトリック的イデオロギーを代表する人物としてハリウッドから選ばれた。
  そしてヘイズとブリーンは、さまざまな圧力・検閲団体からハリゥッドの権益を守る防波堤の役を
  はたしながら、同時にみずからの信念にもとづいてハリウッドの映画を純然たる娯楽映画として、
  つまり可能なかぎり親社会的で非政治的な、あたうかぎり「倫理的な」映画として調整してゆこう 
  とするのである。(後略)』

    ************************

『映画製作倫理規定

前文
 映画製作者は、全世界の人々から寄せられる信用と信頼の大きさを認識するものである。
この信用と信頼があってこそ、映画は万国共通の娯楽となりえたのである。
 この信用ゆえに、そしてまた娯楽と芸術が国民生活に深甚なる影響力を持つがゆえに、
映画製作者は一般大衆に対する責任を痛感する。
 映画は第一義的には娯楽であって、教化や宜伝のいかなる明白な目的も持たないが、映画が
娯楽の範囲内で人々の精神的道徳的向上、より優れた社会生活のありかた、そして正しいものの
考え方に対して直接の責任があることを、映画製作者は認めるものである。
 サイレント映画からトーキー映画への急速な移行にともない、映画製作者はトーキー映画製作
の基準となる規定に同意し、同時に、この機会にこの責任を公に認めるものである。
 映画製作者としては、一般大衆とその指導者に対し.て、われわれの意図するところと問題を
好意的に理解するとともに、協力的な態度をとることを望むものであり、それによってはじめて、
映画製作者は映画を万人の健全な娯楽として、より一層高い水準に到達させるために必要な自由
と機会を得ることができるのである。


一般原則

1.観客の道徳水準を低下させる映画は、これを製作してはならない。
 それゆえ決して観客を犯罪、悪事、邪悪もしくは罪悪に対して共感させてはなら
 ない。

2.劇や娯楽の要請の範囲内で、人生の正しい規範が示されなければならない。

3.自然法,実定法を問わず、法が軽んじられてはならない。また法を犯すことについて観客
 の共感を得てはならない。

Ⅰ違法行為
 法や正義をさしおいて犯罪に共感させたり、摸倣したくなる気持ちを観客に起こさせるよう
 なやりかたで犯罪を示してはならない。
 一、殺人
   (a)殺人の方法は、模倣願望を誘発しないやりかたで示さなければならない。
   (b)残忍な殺人を詳細に示してはならない。
   (c)現代における復讐を正当化してはならなb。
 二、犯罪の方法を明確に示してはならない。
   (a)窃盗、.強盗、金庫破り、および列車、鉱山、建物などの爆破は、その方法を詳細
     に示してはならない。
   (b)放火も同様の配慮が必要である。
   (c)小火器の使用は、必要最低限度にとどめなければならない。
   (d)密輸の方法は、これを示してはならない。
 三、麻薬の違法取引は.麻薬の使用や取引への好奇心を刺戟するようなやりかたで描写しては
   ならない。また麻薬の違法な使用やその効果を詳細に示す場面は認められない
    (一九四六年九月十一日修正)。
 四、筋立てや適切な性格描写のために必要でないかぎり、アメリカの生活での酒頬の使用は、
   これを示さない。
Ⅱ性 
 結婚り制度ならびに家庭の神聖さを称揚しなければならない。低級な形での性的関係を受容
 されたものであるとか、あるいは普通のことであるかのように示唆してはならない。
 一、姦通や不義密通は筋立ての材料として必要な場合もあるが、これを明権に描いたり、
   正当化したり、あるいは魅力的に示してはならない。
 二、欲情の場面
   (a)これは筋立てに必要不可欠である場合以外は導入してはならない。
   (b)過刹で肉欲的なキス、肉欲的な抱擁、挑発的な姿勢や仕草を示してはならない。
   (c)一般に欲情は低級で卑俗な情緒を刺戟しないように扱わなけれぱならない。
 三、誘惑やレイプ
   (a)これらは常に暗示するにとどめ、しかも筋立てに必要な場合に限る。
     決して明確な方法によって示してはならない。
   (bこれらは喜劇の題材としては適切ではない。
 四、性的倒錯やそれを示唆することは禁じられる。
 五、白人奴隷は、これを扱ってはならない。
 六、異人種混交(黒人と白人の性的関係)は禁じられる。
 七、性衛生と性病は、劇楊用映画の題材としては好ましくない。
 八、実際の出産場面は、そのままでもシルエットでも、決して示してはならない。
 九、子供の性器は決してさらしてはならない。』

    (以下省略)

  *****************************

 私なりの若干の補足を加えます。
 ① この規定の時代の中で「スクリューボール・コメディ」なるジャンルの作品が作られた。
   ウィキペディアには
   『その特徴は、常識外れで風変わりな男女が喧嘩をしながら恋に落ちるというストーリー
    にある(スクリューボールとは野球における変化球の一種のひねり球で、転じて奇人・
    変人の意味を持つ)。
    この時期にはヘイズ・コードと呼ばれる映画製作倫理規定によって性的描写の禁止が厳
    しく、男女の肉体的な愛は一切描かれなかった。むしろそこに行き着くまでの長い道のり
    を面白おかしく描いたのである。表現が規制されていたために製作者たちは頭を振り絞り、
    良質の作品が作られたという考えもある。スクリューボール・コメディの第1号は
    「或る夜の出来事」(1934)であり、この作品が成功したことによってスクリューボール・
     コメディと呼ばれる作品が多く作られた。』と有ります。
   
   上記書籍には、具体的な審査の状況が当時スクリューボール・コメディの第一人者であっ
   たプレストン・スタージェス監督の「淑女イブ」(1941)を例にとって示されているのだが、
   同じく第一人者であったフランク・キャプラ(「或る夜の出来事」)は名が残っているのだが、
   スタージェスは忘れ去られ、「淑女イブ」のDVDも見つける事が出来ません。

 ② ヘイズ・コード終了を意味する重要な作品が、「質屋」(1965)だそうで、その解説が同じく
   加藤氏による
   加藤幹郎 『映画とは何か』 みすず書房 2001年発行 (これも図書館から借りたものです)
   にありますが、この作品のDVDも見つける事が出来ません。
   ここで、質屋に現れた黒人娼婦が質草の値をあげてもらうために質屋の主人の目の前で突如
   ストリップをはじめるシーンがそれだというので是非見たかったのでしたが。

 ③ 現在の米国の社会主義アレルギーとの関係が興味がありましたが、ヘイズ・コードの
   どこにもそれらしい規定はありません。
   1940年の「怒りの葡萄」のような社会主義容認とも思われる(ヘンリー・フォンダが演ずる
   主人公は最後に地下活動(?)に潜入する)作品が作られた事に若干疑問があったからです。
   最近マケインがオバマを社会主義的だと非難したり、映画「シッコ」(2007)の中で
   国民皆保険的な考えに保守層が「それは共産主義だ」と強く非難するシーンがありま
   したが、そのような考えとヘイズ・コード的な考えとは無縁なようです。
   これはむしろ非米活動調査委員会的な考え方で、これは戦後のマッカーシーで有名ですが、
   活動は1930年代からあって、比較的自由人が多かったハリウッドの人たちも戦前から
   睨まれ、ジェイムス・ギャグニイなどは、共産主義とは無縁である事を証明したくて
   愛国的な映画「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ 」(1942、クランク・インが日米開戦の
   翌日)を作ったのでした。

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