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マルクス著作の難点

2016-10-17 11:47:16 | 日記
  それは僕が知る範囲では、新旧聖書とイギリス近代史を知らなければ、理解できない点である。たまたま僕は新旧聖書を全部読み、イギリス近代史にも元々関心が強かったので、資本論を読み始めても、マルクスの述べた当時のイギリスの資本家たちの横暴さとか、その下で働く労働者の悲惨な状況が理解できたし、今の日本に当てはまる面と、当てはまらない面がある事も判った。かなり聖書の影響がある事も。


 以上の内、一つでもよく知らない人が読めばどうなのかと思う。経済学を知っていても理解はできないように思えてならない。読んで「判らない」のならばまだ良い。中途半端に判り、自己解釈に陥ると本当に恐ろしくなるのではないかと。「アヘン」どころか、「心のサリン」みたいにもなるかもしれない。サリンとは、オウム真理教が使った強烈な毒ガスである。その例が日本赤軍やポル・ポトかもしれない。日本赤軍とは、1970年代にマルクス主義を名乗ったテロリストである。学生が多かったが、日本の家庭にはほとんど聖書は置かれていないし、その学生たちは聖書の言葉は断片的に知っていても、どれだけ通して読んだのか。また、イギリス史は。疑問である。ポル・ポトに至っては更に言えるかもしれない。ポル・ポトは子供の時はお寺に預けられた事があるらしいから、仏典は読んだだろう。でも、カンボジアには聖書は普及していないと思われるから、断片的にしか聖書は知らなかったのではないか。イギリス史も。それで、いきなり「資本論」ならば誤解もしてもおかしくない。誤解したまま、首相になり、「サリン的な政策」みたいにもなったと考える事もできる。

  旧ソ連では革命後は聖書が人民から遠ざけられた。それは何を意味しただろうか。資本論がまともに理解できない人たちを増やした結果になったのではないか。そして、役人任せの政治・経済になっていった。当然、硬直化して、ゴルバチョフが出て改革した時はすでに遅く、崩壊に至ったのではないかと。又、社会や人々の無神論化は何だったのか。難しい問題なので、僕には論じられないが、高校時代の僕は「共産圏では物質主義。資本主義圏では、お金主義。どう違うのか。同じじゃないか」と思ったものだ。どちらも支持できなかった。勿論、ファシズムはもっと悪いと思っていたが。(マルクスは、物質主義者でもなかったかもしれない。カトリック司祭を敬うなど、精神性もあった事が資本論からも読み取れる。だが、後継者たちが勝手に解釈し、物質主義者にイメージを変えられた可能性はある。そうならば、マルクスにとっては悲劇だが。マルクスの精神性に注目しないのはおかしいと僕は思う)。

  マルクス関係は確かに労働者権利や福祉、教育、経済格差是正を促し、その進歩には貢献した。良い面は評価したい。とは言え、理解困難などの難点は持っていたようで、ついには、これも大きく、「お金主義」という根本的な矛盾を抱えている資本主義を超えるには至らなかった。見方によっては、資本主義の補完勢力だったとも言える。ソ連崩壊後はグローバル化が進み、資本主義の世界天下になったようにも見えたが、すでにその矛盾は世界各地で現れていてる。今後の世界はどうなるのか。冷静に行方を見守るしかないだろう。
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