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国内グローバル化と地方文化破壊

2017-02-13 13:12:05 | 日記
  外国にグローバル化をする国はその前に首都の中央文化を地方に押し付け、必ずその国内の地方文化を破壊していた。例を挙げよう。


  近代期のイギリスはそれまであった地方文化とカトリック文化を破壊し、ロンドンの文化を押し付けた。その要領で隣国であるアイルランドやスコットランドなどを支配し、同様にした。英語も押し付けた。民族や言語が似ているが、そうされた隣国の人たちはたまらなかっただろう。内、アイルランドは元々のカトリック色をイギリスへの抵抗の為に強めた。アイルランドはすでに独立したが、今もイギリス領である北アイルランド地方では争いがくすぶり続けている。キリスト教徒同士が紛争しているため、僕も変に思ったが、歴史を調べれば以上だった。以下に書くが、やはり、国内グローバル化の後、朝鮮半島を植民地化した大日本帝国と似た経路であり、知って非常に複雑な気持ちになった。イギリスはその後に海外支配に乗り出したわけである。

  明治維新後の日本も以上と非常に似た経過をたどった。元々は地方勢力が起こした明治維新だったが、その勢力のかなりも東京中央政府の高級役人になり、更に他の地方や関東出身の高級役人も交じり、中央政府は学校教育を通して方言を駆逐し、中央文化を押し付けたり、廃仏毀釈から国家神道や天皇崇拝、徴兵制度を押し付けた。国力が増し、20世紀になり、朝鮮を植民地統治して、後々までしこりを残している。その後、中国やフィリピンなどに侵略していった。軍国主義が終わった戦後も東京中央の構造は変わらず、僕も地方出身者たちの怒りの声を何度も聞いている。最初は判らなかったが、次第に理解もできてきた。確かに、方言も認められなければ、辛い。教育や福祉のあり方も地方によって実情が違うのに、中央の役人が方針を決めてしまう。何より、文化破壊が深刻らしい。

  アメリカの国内グローバル化は特に原住民への弾圧が有名である。それから、1970年前後の中国の文化大革命や、その前のソ連のスターリンの粛清も国内グローバル化かもしれない。ソ連はその後に世界に覇権を求めた。中国もその後はカンボジアに文化大革命を輸出したり、ベトナムと戦争したが、外国へのグローバル化はその後はしていない点は評価できる。今後もそうしないでもらいたい。

  20世紀初めに夏目漱石が見たロンドンは人と人をつなぐものがお金しかなく、殺伐としていた。又、ソ連・ロシアでも早くから人が付き合えない状態になり、その結果、恋愛や結婚をしない・できない男女が増えて、人口も増えないと朝日新聞で読んだ記憶がある。確か、1980年ごろだったようだが。グローバルはする側は非常に苦痛を与えられるが、グローバルする中央の人たちも人と人が付き合えなくなるなどの大きな弊害が出るのである。東京では数十年前から児童関係や障碍者関係、近隣のケンカが激増し、問題化していた。そこから人と人は自然にできた文化の上に初めて集い、付き合い、愛も作り、結婚もする事が判ろう。今の日本の多くの問題も明治以来の中央役人による文化破壊ではないか。日本も本当は多様である。各地方の文化を復活させたり、作る必要がこれからはあるし、個人個人も文化創造を何らかの形でしていった方が良いのかも知れない。その問題はまだまだ続くわけである。

追記として、明治以降の日本の中央政府が琉球民族とアイヌ民族を弾圧し、文化を破壊した事。及び、「社会の異端だから」みたいな理由で精神障碍者とハンセン氏病患者を強制的に収容し、非人間的な扱いをした事を忘れてはならない。
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