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日本の全学連挫折と憲法、会派の問題

2017-06-05 13:53:01 | 日記
  先日、日本の新左翼某派の活動家が48年ぶりに逮捕された。警察官殺しの容疑で。そのニュースで、その派が1968年という非常に古い時代に生まれた事を知った。1972年には日本赤軍がテロを起こしたように、1970年代に入って、全学連が行き詰まり、新左翼に分派して崩れたと僕は思っていたし、そのように誤解している人も多いかもしれない。


  又、僕が非常に注目したのは、元々は全学連は憲法・法律を徹底的に学び、憲法の精神・人権思想を政治や社会に活かすのが目的だったが、新左翼各派と言い、日本赤軍と言い、アナーキーになっていった点である。どう考えても不思議である。その一部は1980年前後の障碍児教育関係にも入り込み、その話も聞いた事があるが、「状況によっては法律は無視するものだ」と言っていたので、僕も変に思った事があった。

  もっと大きな流れとして、全学連挫折後は若者たちの間で憲法・法律についての論議が行なわれなくなり、多くはそれに無関心になっていった事である。あるいは、一部の人たちの間で、法律関係は金儲けの道具になり、お金目的の弁護士が多く出た事である。オウム真理教も金儲けのために法律を利用したわけだし。


  さて、日本語で「連」とは、会派は作らない緩やかで限りなく広い人間的な広がりを指す。室町時代(日本の中世後期)から和歌の連があったそうだ。全学連も初めはそのような憲法関係の連だったそうだ。でも、会派に分かれてからアナーキーなものが出始めたり、他の派や警察官の人権を考えなくなるものが出てきた。なるほどねえ。会派を作ると、自然とその構成員は構成員にしか意識が行かなくなる。憲法は日本全土の問題だが、日本全体を見る事もなくなるから、いつの間にか、憲法や社会の事も忘れて、自分の会派の事しか考えられなくなる。話も自分の会派にしか通じないものばかりになり、他の会派のものとはどうしても対立してしまう。違う会派同士が争ったり、憲法・法律は権力の支配の道具みたいな発想も生まれて、アナーキーにもなってくる。こんな因縁だったのではないか。やはり、多くの宗教関係も分派に次ぐ分派で抗争の歴史になったように。

  会派を作る事は良くないのかも知れない。やはり、日本の中世に生きた親鸞上人も会派を厳しく諫めているし、明治=19世紀末から20世紀初めに活躍した日本のキリスト教思想の内村鑑三氏に至っては「無教会主義」を唱えている。

  会派の事はともかく、近年は安倍首相が改憲を唱えているので、まず国会議員の間で憲法議論が起き、次いで若者含む、国民の間でも憲法に対する関心が高まっている。意見は色々あろうが、1960年代以来、憲法に目を向ける人たちが増えた事は当然だし、良い事だと思う。但し、今まで無関心だった期間が長かったので、少なくとも、いきなり変えるのはムリがあるのではないかと思う。今の憲法は廃棄しても、後にろくでもない憲法ができたら大変だからだ。それが僕個人としては一番恐れている点である。又、今の憲法がどれだけ国民の間で吟味されているのか。僕自身もどれだけ現行憲法を理解しているのか、疑問である。まずは、現行憲法の理解からしなければならない。改憲・護憲以前の段階であると思っている。又、首相であれ、誰であれ、一人の者の意見で憲法も決められては民主主義ではないし、日本国民もそれを許すような愚かな人たちではないと思っているが。

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