トシコロのありのままの暮らし


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ヨーロッパで始まっている共有経済

2016-10-29 14:35:46 | 日記
   近年、時々テレビで見かけます。先日も、NHKスペシャルで少しだけですが、取り上げられており、考えさせられました。何分、自動車などを仲間でお金を少しずつ出し合って買い、必要な時に使い合う事です。洗濯機などとか。先日は、高齢者の家に食事作りのサービスもする様子も出ていました。かなり前から、ヨーロッパでは、労働時間削減の対策として「ワーク・シェアリング」なるものが行なわれていますが、その延長の姿なのでしょうか。


  但し、仲間の中で同じ時間に同じ車を使いたい時はどうするのでしょうね。話し合って、問題を解決するのでしょうか。それには、仲間の間の信頼と意思疎通がどうしても必要ですね。車に限らず、何かを共有する時は強い信頼関係がない限りは、ケンカになるものですから。また、アダム・スミスが述べた「利己心」とは異なる、共生・共有の哲学・思想も構成員たちには欠かせないわけです。物品やお金だけでなく、それ以上に「心の共有」も必要。マルクスが述べた事は、「生産設備(工場や農地などの)」共有化だけでしたが、明らかにそれを越えています。確かに、生産設備だけを共有しても、分かち合いの生き方や経済は出ないのかもしれません。

  又、地球資源には限りがある以上は、そのような分かち合いもこれからは必要になってくるかもしれません。

  とは言え、共有経済は最近始まったばかりです。ヨーロッパを越えて、ロシアやアメリカ、日本や韓国、中国などに広まるかはまだ判りません。世界的に広まるかは、根本に人類普遍の哲学があるか、どうかでしょう。それについては、僕もまだ知りません。ただ、かつての共産主義運動とは違い、穏やかな社会変革の動きを感じます。アダム・スミスやマルクス、ケインズなどを越える深い哲学を伴うか、注目したいです。

  翻って、我が日本。数年前の東日本大震災の後に「共生の哲学。日本の東北地方には、昔から共生の哲学があった。大震災を機会に、それを復活させて、世界に広めて、共生の地球を作り、世界平和にする」とよく言われたものです。それならば、今はヨーロッパを上回る共有経済と共生哲学が具体的に出てもおかしくないのに、そうではない。その声自体も最近は聞かないし、新聞にも余り書いていません。その事も思い、日本という国が、日本人が情けなく感じられました。5年前の共生哲学はどうしたのでしょうか。また、災害はやってきますよ。災害以外の社会変動もいつ起きるか、判らない。その時にまた大きな被害を出して、同じ事を言う。その繰り返しでしょうか。一方では、日本人は外来文化を取り入るのがうまいですから、案外、ヨーロッパの共有の動きを取り入れて、新しい文明を作るのでしょうか。未来は我々にかかっています。どうせなら、良い文明を作りましょう。
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