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近代・現代のグローバル化の功罪

2017-02-09 11:46:06 | 日記
 まず、19世紀の時点で、イギリスからマルクスは、今で言う所のグローバリズムを分析し、批判もしていた。資本主義の発展がグローバリズムから侵略戦争をするような帝国主義を招くと。確かに、当時のアヘン戦争はそうだったかもしれない。でも、資本主義以前にもグローバル化みたいな事はあった。中世カトリックの拡張とその果ての十字軍戦争である。中世は資本主義なるものはなかった。又、20世紀に目を向けると、そのマルクスの後継を名乗るソ連が同様にイデオロギーを基にグローバル化して、アフガニスタンやアンゴラなどに侵略戦争をして、「社会帝国主義」になった。その前に、アジアに限られていたが、やはり、大日本帝国も次第に勢力を広げ、グローバル化し、侵略戦争を行なっていた。M・ウェーバーによれば、資本主義の根は勤勉と禁欲だそうだが、それにグローバル化が絡み、イギリスやアメリカは帝国主義化したのではないか。又、マルクス主義や中世の教会などもグローバル化したから、社会帝国主義や十字軍戦争になったと見る見方も十分可能である。
  確かに、近代以降のイギリスやアメリカによるグローバル化は世界中に植民地を作ったり、拝金主義を撒き散らすなどのマイナスの面はあった。そのような話を僕もよく聞くし、そのような事を述べてある本もいくらでもある。僕もそれらは困ったものだと思う。でも、プラスの面はなかったか?考えてみた。あると思う。
  やはり、近代イギリスで生じた人権観念や公的福祉、議会や法律のルールを世界に広め、それまでの世界を支配していた封建主義を一掃した事である。非常に大事な点である。例えば、日本の場合、明治維新=1868年以前は封建社会であり、移動や職業選択、結婚の自由がなかった。身分制度に人々は縛られていたのである。インドについても。確かに、イギリスの搾取は徹底しており、しかも、ヒンズーとイスラムの対立を統治に利用するなど、極めてひどかった。許されるものではない。とは言え、次第にインドからイギリスに留学する人も増え、ジョン・ロックなどの人権思想を学んでいった。封建時代のままならば、今のインドはないわけである。
  もし、これから地域単位の社会が各国にできるとしても、以前のような封建社会には戻らないだろう。個人の人権は尊重される地域単位の社会になる事は間違いない。
  確かに、近代以降のグローバル化は終わりに近づいているのかもしれない。だからこそ、その功罪を見極め、それまであった封建社会の問題も併せて見ていく必要があるのではないか。(グローバル化の悪い面ばかりを言う人たちの気持ちも判るが。確かに、おかしな面が多いから。でも、それだけでも、歴史はないのである。もっと複雑である。)(十字軍の広めたものは僕は知らないが、少なくとも、人権の観念は広めなかった。そこが近代以降のものとの違いの一つである)
  グローバル化すると、発祥の地は空洞化していく法則があるらしい。それで終わると。イギリスがそうだった。アメリカもそうなろうとしている。信仰の面の問題だが、長い時間を掛けて、カトリックも中南米やアフリカでは信徒を増やしたのに対し、ヨーロッパでは信徒が減り続けている。
  これから新たにグローバル化する国は出てくるだろうか。判らないが、もう出ない気もする...。

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