Landscape diary ランスケ・ ダイアリー

ランドスケープ ・ダイアリー。
山の風景、野の風景、街の風景そして心象風景…
視線の先にあるの風景の記憶を綴ります。

春彼岸の風景

2017-03-20 | 家族

 

年三回の墓参は、四国南西部の河口の街まで長距離バスで往復する、ちょっとした小旅行である。

朝早く出発して、帰宅するのは、とっぷり日の暮れた一日仕事。

河に面した急傾斜の菩提寺の墓所。

御先祖様の墓所二箇所と父母の墓、合わせて12基の菩提を弔う。

本堂の別仏壇も在るけれど、こちらはお寺の方で管理してくれている。

先祖供養の墓守が、残された私の仕事と観念している(笑)

それも後、何年続けられるか?

バスを降りて渡る橋が、彼岸への渡渉に思えてくる。

そして帰路、バスの車窓から望む宇和海に沈む夕陽が、西方浄土の光なのだろうか?

年三度の先祖供養の慰霊の旅を続けてきて、

我々、日本人にとって死者を弔う慰霊とは何か?

未曾有の死を目撃した3.11 の流れから、色々考えさせられる。

 

死者に対する「慰霊」というと、今上天皇の慰霊の旅には、只々頭が下がる。

戦後、初めての象徴天皇として何をすべきか?という相当の葛藤があられたのだと御推察する。

現人神であった昭和天皇には為し得なかった、

沖縄を始め、遠く南洋や東南アジアの地に斃れた戦没者を慰霊する旅は、まさに今上天皇に課せられた使命だろう。

そして東日本大震災を始め、被災した現地に赴き、膝を折って被災者に寄り添う姿勢にも。

その膝を折る御姿を真似て「これだよ」と嘲笑する現職総理の性根の卑しさとは雲泥の差だろう。

 

また最近、読んだ本の中から引用したい。

加藤典洋が「戦争を読む」とういう短いエッセー集に寄せた文章を引く。

この文章の中で70数年前、柳田國男が考えたことを紹介する。

 

柳田は、烈しい空襲が続く東京で夥しい死者を目の当たりにしながら、

死者を弔うとは何か?と考え続けた。

とりわけ「南の海などで非業の死をとげている若者の魂は、どうなるだろう」と。

日本人は、ずっと死んだ人間は故郷の地に集まり、

そこから生きている者を見守り、

やがて子孫から敬われ、弔われることで、すべての祖先の霊と合体してゆくと、考えてきた。

だが、戦争による夥しい死の中で、

子孫をつくることなく、異国で亡くなった魂はどうなるのか?

そして柳田は、日本人固有の死生観に基づき、

「国に残った縁あるもっと若い人たちが、海の藻屑になったり、ジャングルの奥で野ざらしになった

死者の養子になることで、彼らを先祖にし、その子孫となり、彼らを敬い、弔うようにしてはどうか」

という破天荒な政策を提案した、と加藤典洋は指摘している。

その柳田國男の書、「先祖の話」の中には、

静かな文章の底に、戦争の災禍を前にした柳田の怒りと慟哭が流れているのを感じる。

柳田は戦争の死者を、ひとりひとりの個人がつくる「家」が弔う、

という形を提唱することで、「国家」が弔う、という靖国の在り方を、最も深いところで批判している。

「戦争の死者」が戻りたかったのは、靖国ではなく、彼らの故郷や家族のもとのはずだったからだ。

同時に今、柳田を読めば、もっと別の視点を得ることができる、とも思った。

柳田が憂えたのは、人々が、かつては我が手で行ってきた「慰霊」を、

国家という「外部」に任せてしまったこと、すなわち、慰霊の「外注」だったのかもしれない。

だが、私たちはみんな、少しずつ「家事」も「教育」も、「外注」するようになったのだ。

そのことによって、確かに私たちは自由になった。

その結果、得たものは、何だったのだろう?

 

『写真』 ジャンルのランキング
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« Dog life 犬のくらし | トップ | 花ざかりの野辺 »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お参り (鬼城)
2017-03-21 08:16:26
お彼岸、盆暮れのお寺参りは巡礼のようなものだと思っています。
ただ、それも忘れ去られていく風習になっていくのかもしれません。
3.11のとき、位牌だけはと持ち出すときに災難に遭った方も居たとか。
それだけ先祖を大事にしてきたのでしょう。
しかし、最近は高齢化と多様な埋葬形式になり、昔ながらの風習は・・・
モノクロームにお参りの心がよく出ています。
カラーに変わった岩松川、夕陽の景色・・・
結びの言葉が印象的です。
間もなく桜の春 (ランスケ)
2017-03-21 13:11:05
鬼城さんも休日は、お彼岸の墓参だった様子。
三浦半島の山桜は早いですね。
私も以前、野福峠から始まる宇和海沿いの山桜巡りをしました。
三浦半島と由良半島の山肌を染める桜模様は印象的でした。
南予の春風景は、穏やかな浄土の風景だと思います。

帰郷して父母の最期を看取らなければ、ここまで先祖供養に関わることもなかったと思います。
震災前年に相次いで父母を見送り、翌年、後悔の遍路供養をすることで、
その人を育てた土地の意味を理解するようになりました。
仏教であろうと神道であろうと、日本人の信仰心の根っこにあるのは、
土地と共に育んだ血脈の信仰なのでしょうね。

さぁ間もなく、日本全国を桃源郷に変える桜の季節到来ですね。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL