続「とのむら通信」ブログ版

前島本町議会議員・外村敏一(平成29年4月29日付けで引退)
日々の思いや議会傍聴の感想など引き続きお伝えします。

大崎善生氏著ノンフィクション「聖の青春」に感銘

2016年11月04日 | 読後感

先月中旬 マキノピックランドのメタセコイヤ並木

読書の秋と言いますが、日頃は新聞か雑誌しか読まない私が久し振りに文庫本を手に一気に読んだ「聖の青春」。
怪童と呼ばれ小学校6年生の頃に指導対局に来た森安九段と飛車落ちで戦って勝ち、相手のプロを不愉快にさせた
ことがあるというエピソードの持ち主である「村山聖」という少年~青年は弱冠29歳という若さで生涯を終える。
彼の将棋一筋のストイックで破天荒な生き方と5歳の時に罹ったネフローゼという病と闘いながらの命を懸けての
名人位奪取に向かって連戦を重ねるすさまじいまでの将棋人生模様は読む者に感動を与えずにはおかない。

お金も名声にも全く頓着しない村山青年はプロ棋士として収入が増えようが相変わらず4畳半のアパート暮らし。
その一方でC級に昇級した頃からは日本フォスター・プラン協会への寄附活動を行っていた。弱者を助けたい、
特に子供を。その思いは自分が小さい頃長い間療養所生活を余儀なくされた村山の願いであり、自分自身が生きて
いく原動力でもあったのだろう。将棋に勝つことによって得たお金を恵まれない子ども達に寄付する、そうする
ことで人を倒し、勝ち上がって行く勝負の世界に生きることの苦しみや自分自身に対する矛盾を少しでも緩和したい
との思いがあったのではないかと大崎氏は書いている。
彼は「早く将棋をやめたい」と口癖のように言っていたという。将棋で人を倒すことはある意味相手を殺し、淘汰する
ことであり、優しい心の持ち主である村山青年には耐えられない世界であったのでしょう。だから早く最終目標である
名人になって将棋の世界から引退したい。これが彼の本音だったようである。それにしても惜しい天才棋士である。

中学1年のとき広島から大阪に出て預かって貰った村山の師匠である森信雄七段との親子以上の慈しみに満ちた
師弟愛や著者である大崎氏(将棋世界編集長)との3人の将棋で結ばれた友愛、5歳の我が子にネフローゼという
病を背負わせてしまった両親の後悔と苦悩、兄姉愛などを織り交ぜた著者の筆致は匠で見事なノンフィクション作品に。
映画「聖の青春」も今月19日に公開される予定。映画の前宣伝を見て是非観に行こうと思っていたが先に原作を読んで
しまったので少し残念な気もするが多分映画も観に行くと思う。
これを機に又読書の数を増やしていきたい。
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