高野 光二郎です !!

高知県選出の参議院議員として、国の実情を地方の視点から綴って参ります。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ボランティアの中身

2011年07月13日 07時41分46秒 | 日記

7月11日 芸西村議会議員の宮崎義明さんが宮城県にボランティアでだった一人で乗り込んでくれました。しかもかなりやる気で全日程ボランティアをしたいとの申し出です。


 はじめて行く仙台空港に行きます。驚きましたまだまだフロアー、駐車場など復旧していません。


その後、名取市ゆりあげ地区に視察に行きました。はじめてです。


 震災直後の映像→ 


http://www.youtube.com/watch?v=xhEwbSYbr04


 



海がすぐ近くにあり、綺麗なな砂浜が永遠にありすごく気持ちいい場所です。ここに家を建てて暮らしたくなる気持ちが分かります。


その後七ヶ浜町を御案内すると宮崎さんも絶句されていました。


翌日12日。ボランティア活動の出発の朝、拠点にしている廃業病院の窓から外を見ると



まさか?とは思いましたがハクビジンです。ここは、大都市仙台の青葉区。


渋滞がひどい高速道路を使い南三陸町へ。



南三陸町にはまだ一般ボランティアの経験はなかったので選びました。


すると、作業は「思い出探し」。30名位のボランティアさんが作業をされています。



ほぼ全滅した南三陸町。震災後に自衛隊が拾い集めた、写真や賞状や手紙など。


分類をして乾かして、そして色んな物を使って綺麗にします。



それぞれの思い出の詰まった写真。幼稚園の入園式の写真。結婚式の写真。飲み会の写真。卒業式の写真。その写真がずぶぬれになり、泥をかぶっています。


それぞれの人生を映し出す写真を見ながら「どうか生きていてください。家族に引き取られてください。」と思いながら胸が詰まります。


外の気温は30度。テントの中は34度。と汗をたらしながら。


南三陸町にはコンビニの移動販売しかありません。メロンパンを買ってきてたのですが、ありがたい事に気仙沼から一般ボランティアの為のボランティアグループが炊き出しに来てくれていました。


「全国から集まってきてくれて一生懸命頑張ってくれている皆さんに少しでも恩返ししたい」と看護師や医師、消防の方々たちに自ら配られていました。


人っていいなぁ。感激しました 




宮城県が冷やし中華発祥の地だと聞きました。めちゃんこ美味しかったです。


一般ボランティアの方々に聞くと東京、群馬、北海道、静岡からと言う方たちで「土佐の高知からです。6月中旬からいます。」というと驚いていました。


この写真がどのように扱われているのか知りたくて、展示、閲覧会場に行きました。



二年前まで使われていた木造の小学校です。


自衛隊やボランティアの方が瓦礫やヘドロの中から拾い出して、一般ボランティアが綺麗にしてここに展示をされます。被災者や関係者がここに来て



シールに知っている方(写真)の名前や個人情報を書いてくれます。


素晴らしい取り組みだと感心しました。


しかし、代表者の方に色々お話を聞くと問題点も沢山あります。


一つは、写真の照会(個人の特定が出来ない。)がまだ全然進んでいない事。ここに来て見てくれる方はわずかと言う事。


照会が出来ても本人や御遺族にこの写真が届けれない事。


などがあります。町の職員さんや、社会福祉協議会(4人しか生き残っていないそうです。)、一般ボランティアの方々もその他にやらなければいけない事が多すぎてそこまで手が回らないのが実情です。


この展示は8月末までと決められているそうです。その後は、リコーさんの全面バックアップで全てをデータベース化して管理をしてくれるそうです。


しかし、データベース化をしてもインターネットの普及や関連インフラの復旧を考えても持ち主の特定は難しい事に変わりはありません。


そして、たとえ持ち主や遺族が特定できても、その方が避難所や仮設住宅に住んでいたら在住地が特定できますが、それも一部であり、個人情報の関係もあり、町の役場が連絡を取り渡してあげることまで出来るかどうかと言う事の問題があります。復旧、復興としなければいけない事は膨大でどうしても優先順位が低くなることを想定します。


さて、南三陸町。ハッキリ言って復旧が殆ど進んでいません。


色んな理由があると思いますし、何故か?と色んな関係者に直接聞き取りました。


一つ例にあげると、他の地域と比べて、復旧ヘの第一段階と思われる、ガレキの撤去や収集が進んでいません。他の地域だと一般ボランティアが人海戦術として行います。個人宅も。しかし、南三陸町ではボランティアの方が少ししか作業が出来ていません。


なぜか。他の地域は、まず住民の皆さんから「ボランティア派遣要望や救援依頼」を一か所(社会福祉協議会)に集めます。そして作業内容を見極めてボランティアを編成して作業してもらいます。したがって作業内容は多様です。


しかし、南三陸町は住民のボランティアへの要望や要請が拾い上げれていません。したがってまったく瓦礫の撤去などが進んでいなくとも、ニーズがないから「思い出探し」。


思い出探しも大変意味のあるボランティアです。しかし、全国から集まるボランティア。もったいない。と思います。


早急にニーズを拾い上げる必要があります。


そして南三陸では勿論、宿泊する場所かなく、ボランティアの方が車やテントを張って生活をしています。これも良いでしょう。


しかし、、仙台市や近郊部の仮設住宅が自立した方々や、入居拒否の方々がたくさん出ていて余っています。


これを南三陸町や石巻市、気仙沼などに移動させてボランティアの為の宿泊所(有料)として提供すればより、これから夏休みに向けて集まると思います。


民間の力、ボランティアの善意と力を本当に強く感じます。これらを最大限に活かせるシステムが必要です。


勿論、これだけ壊滅的な被害の中、関係する職員さんも疲労困憊、激務でなかなか手が回らない事あることを察します。


私も出来る事から始めたいと思います。

 

 

 

 

 

 

◆まっしぐらに「ポチっ」とお願いします。◆

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

人気ブログランキング


◆Twitterでリアルタイムに活動報告しています◆
◆ぜひTwitterでの「フォロー」をお願いします◆
http://twitter.com/takanokohjiro

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 瓦礫撤去が一番の課題。 | トップ | フォトグラファー。 »
最近の画像もっと見る

日記」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事