高野 光二郎です !!

高知県選出の参議院議員として、国の実情を地方の視点から綴って参ります。

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被災地支援の理由。

2011年08月16日 10時09分27秒 | 日記

昨夜、仙台市でお世話になりっぱなしだった安部孝県議と、滞在中に親しくお付き合いさせて頂いた仙台在住の方々(私にとって人生の先生とも呼べる)が、私の為にお店の二階を貸し切って送別会を開いて頂きました。

 

仙台の方、宮城県人の方は自らの県民性を「感情を表さない。感じた事や思った事を口に出さない。少し、暗いかも」と言われるのを良く聞きました。

 

そんな事ありません。優しいし、純粋だし、何よりも頭の良い方が多いです。よく学びました。最高ですよ。

 

別れ際にお土産を沢山頂きました。解散してお店から1人で帰っているとき、お店のご主人から電話が入り「○○さんが、やっと今仕事が終わったので、高野さんにお土産を渡したいと言ってる今から戻ってきてほしい」と。ダッシュで戻りました。

 

皆さんから「本当に宮城の為に、長い間一生懸命がんばってくれてありがとう。高野さんから、行動力や勇気など色んなものに気づかされた」と言って頂きました。

 

帰り際に握手をしていたら、皆さんが涙ぐんでいたのでハグしました。

 

本当にお世話になりました。勇気や愛情を沢山頂いたのはむしろ私の方です。忘れません。

 

さて、その中で「どうしてそこまで一生懸命になれるの」と何人かに聞かれ、応えました。

 

少し、本音を整理します。

 

3月11日 2:46 私は県議会議長室で要望をしていました。すると信じられない映像が目に映り、私は川の近くにある息子の保育園に駆け込みました。

 

「津波が遡上するかも知れない!」これらの動きは全くの本能でした。

 

そして、毎日帰宅してはテレビを見て、恥ずかしい話ですが泣いていました。

 

少し、話は古くなりますが、平成17年に高知県が発表した「南海地震の第2次の津波浸水予想図」で、死者は約9,600名でした。正に衝撃を受けました。

これはいかんと思い、関連資料をコピーして浸水予想の沿岸部の知り合いに説明に行きました。

すると多くの方が他人事のように「来たら、きたでしょうがない」、「大丈夫。生きちゅう間は来ない」と言っていました。正直、知った事への責任が果たせず、口惜しい思いをしました。

 3月11日以降、団体だけではなく、個人としても義援金を集めるために街頭に朝晩立ち続けました。そして多くの善意を頂きました。 

 中には強面のおじさんが「あれ、高野だろ。じゃあこれ。」と一万円を入れてくれたり、子供が「ぼくこれしか持っちゃあせんけと゜」と500円を入れてくれたり、おばあさんが「他の所でも入れたけど、他人事やないき」等など沢山の熱い善意を頂きました。

 どれほど嬉しかったことか、今でも強い感激をしていますし、改めて高知県人として誇りを持ちました。皆さんから頂いた善意には、責任の重さを感じておりました。

 それから、ようやく安部孝県議をはじめ、宮城や被災地の友人と連絡が取れました。

 その中で「宮城はもう駄目かもしれない」と責任ある立場の方が疲れ切った声で私に話してくれました。

 たまらず、市議選や県議選前の応援する日程を皆様にお詫びして全てキャンセルし、行くことを決めました。

3月25日 あの惨状を見て「可哀そう、口惜しい、恐ろしい、どうなってんだ。どうなるんだ。日本」と吐き気がしました。

 私は、その後、高知に帰って熱い仲間を一本釣りして集め、5月9日に「東日本大震災支援フォーラム」を開催しました。600名を越える県民に沢山の善意を頂きました。

 そして身内応援隊を結成。57名で再び、宮城に入りボランティアをしてきました。多くの仲間の強い善意と責任と行動により、何倍も内容の濃い心のこもった充実した活動が出来たと思います。

 その後、1人で被災地で活動する事を決めていました。宮城県での2ヵ月間、頂いた名刺だけ300枚以上、その数倍の方々にお会いすることができました。そして私の人生の中でこれほど数多くの心のこもった「ありかどう」を聞いた2ヶ月間はありません。

 この「ありがとう」。私だけが頂いたものではありません。

 これだけでは終りません。

 すでに3件の依頼を頂いております。これから調査活動報告や講演会、個人対象でもしっかりと伝えて行きます。

 少しでも今回の調査が役に立つように、高知に帰ったら有識者や様々な方にアドバイスを頂き、正式な報告書を作成して高知県や市町村にお届けします。

 そして、被災地への復旧、復興において具体的な支援策をあらゆる手段、ネットワークを使って自民党は勿論、政府等にタイムリーに要望して行きます。

 また、私に出来る事があればどうかお導き頂きたいと存じます。

 「被災地支援の理由」は、

考えて悩むのではなく本能と感情で動きました。

 その背景と根拠にあるのは、今まで私を育てて頂いた皆さん、そして支援をして下さる皆さん、そして多くの善意を私に託してくれた高知県民の皆さんのお陰です。本当にありがとうございます。

次のステージにしっかりと立ち、仕事や心を行動にお返しする事を約束します。

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