高野 光二郎です !!

高知県選出の参議院議員として、国の実情を地方の視点から綴って参ります。

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また来る。

2011年03月27日 22時10分10秒 | 日記

昨夜の夜、余震を感じました。地元の方に聞くと今日は少ない方と聞きました。宿泊したホテルもお湯も出ない、暖房も使えない状況で夜間は氷点下になります。

 

 出発前にわざわざ新宿まで見送りに来てくれたシアターキューブリックの緑川代表と劇団員さん達。 「皆で手紙を書きました。」と ホテルで開けてみると

 

嬉しすぎです。感激です。

 

5月20日~5月22日まで「誰ガタメノ剣 長宗我部元親伝」のミュージカル。県立美術館。必ず成功させましょう。

 

 

 

本日は、まずは宮城県庁へ。日曜日ですが職員の皆さんは勤務しています。県議会棟にもたくさんの支援物資が山積み。

 

 

昨日も自民党の全国組織から畳2000枚が各避難所に届きました。

 

 しかし、その物流、配給の調整をしていた県議が言うのには、市町村によって受け入れを拒否するところもあるそうです。

 

 全国の組織や団体、個人からの支援物資の配給が未だに県、市町村との連携、調整が不十分で、被災者が欲しがっている物資が届いていない事実です。

 さらにお米が3トン別ルートでその県議を調整役として、ある市町村に受け入れを打診した時になんと断られたそうです。

 

 各行政職員さんが必死に頑張っておられることは皆、十分に認知していますが、畳もお米も受け取って、例えば他の近隣市町村や、他県の被災地などへの提供など柔軟にスピーディーに取り組めないかと残念です。

 

 全国の強く温かい心のこもった義援金や支援物資が被災者に届ききれていない状況だと言わざるえません。

 

宮城県庁へ。

 

今回の目的の一つであるボランティアで高知県内の建設団体の特殊機械(水陸両用)の宮城県入りについて打ち合わせ。

 

 

 

 

避難所のひとつである文化センターへ。

ちょうど多賀城市の職員さんが非難されている方々をあつめての被害報告と今後の支援内容について集まりをしていました。

 

 

 

 

 多賀城市は、24,384世帯の内、6500世帯が被災人口が62,966人の内、3月24日現在で168人が死亡。

 

 警戒人員として、市の職員、消防署、消防団、自衛隊、警察など1501人体制。

被災者救済制度してこの日、発表された内容は、

 

・り災証明書=地震・津波の被害にあったことを証明する「り災証明書」の交付を受けてから、

 市税、介護保険料・利用者負担、後期高齢者医療保険、県税、国税の軽減又は、免除など。

 自動車税については、平成23年度から課税を停止。不動産所得税については、所得した家屋が所得した日から一年以内に滅失または損壊した時、倒壊した家屋に代わる者として2年以内に家屋を代替所得する場合に税額が全部又は一部免除と。

・災害弔慰金=生計維持者=死亡した場合 弔慰金500万円、障害見舞金250万円 

 

・その他の者=死亡した場合 弔慰金250万円、障害見舞金125万円(費用負担) 国 1/2、都道府県1/4、市町村1/4 ・災害障害見舞金生計維持者が重度の障害を受けた場合 250万円その他の者が重度の障害を受けた場合125万円

・災害援護資金 150万から350万。

 

・被災者生活再建支援制度支給額=50万円~200万円・災害復興住宅融資・住宅の応急修理 所得制限を設けて一世帯の限度額は52万円・応急仮設住宅 原則2年間。

 

・生活福祉資金制度=生計の維持が困難な時、所得制限を設けず、10万円程度の貸付。

との事で職員が説明すると、被災者から相次いで質問が飛び交い、悲痛な要望や、長期の避難生活、そして見通しのつかない復旧、復興もあり、苛立ちによる怒声が響きます。

 

 

 

 

 

 

怒声が飛ぶ説明会で少し離れている場所に必死に子どもをあやしているご年配の方々と。

(写真撮影とブログへの公開はご了解を得ています。)

高知から持っていきたチョコレートを渡すと可愛い声で「ありがとう」と。そしておばあさんが目を潤ませて「ありがとう。」と言ってくれました。

 

この方々たちも家が跡形もなく津波にのまれ全壊したそうです。

 

複数の被災者の方々に声をかけて色んな話をさせて頂きました。

高知から持ってきた全ての食料と生活品をより望んでいる方に使って頂きたいと避難所の管理者に渡しました。

 

この避難所は3月15日には1万人を超える方々が避難されていましたが3月24日には3600名程度に減っています。しかし、その生活環境は衛生面でも大変な状況であることを痛切に実感しました。

 

 その後、多賀城市のボランティアセンターへ。

 

 

 

 

昨日は、塩釜市、今日は多賀城市。

それぞれボランティアを熱望しています。簡単に受付をして、被災者のボランティア希望がたくさん溜まっているので、すぐに社会福祉協議会やボランティアの方々が、マッチングを行してくれて必要人数のチーム編成をし、説明を受けてゴミ袋、ほうき、スコップ、長靴、手袋を支給してくれ、すぐ出発です。少ない人数でも手ぶらでも、被災者が望むボランティアがすぐ出来ます。

 

 

 

今回の目的の二番目は、人的支援の派遣。

 

宮城県議の奥様が県庁から5分程度で廃業した産婦人科の病院を宿泊先で無料提供してくれると嬉しい約束もして来ました。

 

来月の統一地方選挙を終えて、高知の医療う・建設・一般・学生の仲間を中心にボランティア団を組織化して被災地に入る覚悟です。

 

 

 

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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2011-03-28 13:02:52
TV等では映し出せないリアルな情報を得る事が出来ました。送られてくる物資の振り分けのみならず、海外からの救援支援についても、的確な依頼と、指示系統が無茶苦茶とのこと・・・やっぱり実績と即行動の自民党に仕切って頂かないと、全てが後手に回りすぎです民主党さん。

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