トリCのブログ

ジャンル問わず現場に近いスタンスで書いていきます

お茶の間はどこいった

2007-12-31 22:50:44 | 社会

今年も実家でNHKの紅白。


しょこたんのブログはリアルタイムで紅白公開してますな。にしても知っている人と知らない人の落差がますます大きくなってきた紅白。いまやお茶の間自体がなくなりつつあるわけでつまり全員でテレビを見ることがお盆と正月だけなのだ、うちなんか。


当たり前だが共通の話題は全くなくこういう家族が増えていることを考えると紅白を企画するスタッフが気の毒だ。


今やネットアイドルに限った紅白とか声優に限った紅白といった方がよほど面白そうなのは共通の世界に集まっている人達同士の方がよっぽどお茶の間だからだ。今年流行ったニコニコ動画なども紅白をしたら(この場合どういう対決だかわからんが)楽しそうだし。


逆に言えばNHKには「今年テレビで流行った歌」という原点にもどってもらいたい。サッカー的に言ったら未だに釜本や川渕さんが”日本代表選手”で出場しているようなものだ。もちろん野球で言ったら3番長嶋で4番王が現役全日本である。

いや、世界規模で今年一番各国で推薦したい歌を年末に世界中継で10時間番組くらいでやってもいいのではないか。各国選考委員会の選考からおおもめだと思うが。年末に世界中とお茶の間を作るのはいろいろな面白さがあると思うが。


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左脳でサッカーを語る危うさ

2007-12-28 22:54:00 | サッカー
右脳を頻繁に使用するのは空間能力、音楽だと言われている。

スポーツ選手は当然右脳が発達している人が多い。そういった人達に対して岡田監督は「もっと右脳を使え」と言うのだから逆説的に「日本のサッカー選手は右脳使わずにプレーしているのが多いのか?」とも思えてくる。

ちなみに日本のサッカーファンや関係者の戦術論を聞いているとどうも2D空間視点での論が多い。これは左脳の言語能力、理論を構築する方向でサッカーを見ているからだと思える。

この意味で日本サッカー界は非常に左脳的なのだ。やたらと2D戦術論が横行する現状をみれば右脳でプレーしろと言ったところで彼らプレイヤーが3D(空間)サッカーを展開しても世間は冷たいだろうと思う。

ちなみに俺は仕事が3次元設計ソフトでの設計、メカ屋であり当然会議になると完全に左脳思考のメーカー会議になるわけでちょっと右脳の選手達の気持ちが理解(同情)できるのだ。誰もが頭の中で3Dデータを回転してくれれば話しは早いのだがそうもいかないので会議では左脳フル回転になるが現場の設計では本当に右脳系の人でなければ無理だとも思う。

つまり日本サッカーは3次元空間で設計者が時間限定のパーツを完成させなければいけない時に脇からああだこうだと左脳系技術者が指示している図なのだろうか。

自分で書いていて確信したがこれは「絶対に上手くいかないパターン」だな(笑)

問題はサッカーは90分間で仕上げる仕事であり各プレーは瞬時に行なわれる事だという点だろうか。3Dでの瞬間的な判断を2D的な時間のかかる思考で試合後に語られてもそれは非常に2D左脳派に有利になるのは目に見えている。もし2D的な思考でプレーをした場合的確ではあるが非常に時間がかかるわけで。

ちょっと間に説明を加えさせてもらおう。人間が歩くという行為。これはバランスが重要だ。こういった行為は各筋肉とそれまでの反復練習が瞬時に行なっている。これを理屈でやったらどうだろうか。「右足を出した。体全体は前に進む限り左に倒れるからタイミング良く左足を出す様に。体が左に傾き始めた。この角度が3度以内に次の左足を前方に出す。これの反復でバランスを取るように」

普通、歩く行為の時に使用しているのは誰でも瞬時に判断できる右脳だと思える。左脳で考えながら歩くとしたら相当に頭の回転が速いはずだ。これからも分るように左脳で「歩く」という行為を批評するのは当然歩いた後でゆっくりと行なうものである。歩いている最中にやるものではない。



あ、ちなみにジーコは完全な3D監督であったと思う。平面だけではなく高さを視点に入れていたからだ。これは後々書くことになると思う。
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凄い自分、ダメなお前ら というスタンス

2007-12-28 22:20:19 | 社会
むしろ俺は

反論を受け付けない土壌(新聞、テレビなど一方通行の巨大メディア)で活躍しそれらを有効に使える立場にいる人がそうではない圧倒的多数の人間に向かって書き逃げをするのはまずいと思う。

これを長く続けているマスメディアの人達の大半がどうなったか。キンコン西野君と同じ様に彼らも2chなどに嫌悪感ありありだと思うがこの一方通行のスタンスでやってきた彼らが2chで実名登場し論戦を受けようという意思はなさそうだ。何故か。煽りなどは無視してもいいがまともな論者と対した場合負ける確率が非常に高いという自覚が彼らにあるからだ。

こういった人達が自分を励ます意味でも「実名で挑んで来てみろ」と自分の舞台に上がる事をよく望む。これは自分の舞台が非常に高い所にあり上がってこれるもんなら上がって来てみろ、という認識があるわけで2chに投稿するのは自分が下野にわざわざ下る意識があるわけだ。

似たようなタイプに太田光君がいるけど彼も持論に自信が「あった」。100人いたら一番自分が知っていると思っている。しかし2chは全国模擬試験を全世代でやっているようなものでたかだかどこかの学校の学年で1,2番の成績だからと言ってざっくりと切り捨てると自分以上の人がそれこそ何万人と反論をしてくる。学校で一番のプライドもガタガタだ。

どうもお笑い界の売れ筋にはこういう自信過剰な人が多いのだが世の中全員がお笑いを目指していたわけでもなく自分よりも凄い奴は世の中にいくらでもいる、という認識は持つべきだろう。例えそれで今の反骨パワーがなくなってネタがつまらなくなったとしてもそれは自身の情報量と処理不足が露呈しただけに過ぎない。むしろ早く気が付くべきものだとも思う。
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どうして欧州・南米は結果重視なのか

2007-12-27 01:50:00 | サッカー
スポーツである以上結果が評価に直結するのは当然だ。この点で言えば日本のサッカー文化では「内容は良かった」と言う評価がよく出るがこれはあくまで「ガチの勝負」が少ないせいだ。

ガチの勝負と言えば身近なところでJリーグの降格・昇格の入れ替え戦などがある。こういった試合で「負けたけど内容は良かった」はあり得ない。このセリフが頻繁に使われる日本サッカーは負けられない真剣勝負がW杯予選・本選以外にはろくにない、というのが原因でこの様な評価が多いのだろう(アジア選手権(アジアカップ)と南米・欧州選手権を同格と扱わない地域の悲劇でもある)。

これが南米・欧州になるとクラブ・国対抗だろうが歴史が長いだけに俄然ガチが多くなる(日韓のような因縁試合が多い)。せいぜい真剣にやらないのはどこぞのキリンカップに招かれた時やアジアツアーなどの営業・観光も兼ねている時だけだ。この点から向こうではガチの試合の評価に忙しく親善試合の内容を吟味する事はあまりない。これは単に確率の話だ。真剣勝負の試合数が多ければどうしたって話はそちらに向く。

さて、ジーコ評がトルコで上向きなのは当然クラブの大会で一番の権威がある欧州のチャンピオンズリーグで勝ち上がっているからだ。もちろん国内リーグも二連覇出来る可能性もある。南米の指導者に冷たい欧州で欧州CLの列強の中で言えば弱小であるフェネルバフチェを率いてここまで勝ち上がれば「結果が一番!?(内容が悪くても?)」と言ういかにも日本的思考の疑問符も吹っ飛ぶという話だ。

無意識かもしれないが日本には「内容が良ければここから上向きになる」「結果ばかりを追い求めれば息切れし進展しない」という考えが存在する。しかし現実で言えば「今の結果が後々も同じ様な結果になる」が妥当なところだろう。ウサギと亀が競争して先行したウサギは実は安穏と休んではくれない。

この現実を認識している欧州のリーグは監督の入れ替えが激しい。監督本人がいくら「内容を見てくれ、これから良くなる」と言ったところでまあ殆ど話を聞いてもらえない。これは彼らが長年同じ様な話を監督から聞いて痛い目を見てきている結論なのだ。要は「自分の印象(戦術嗜好)よりも結果を見ろ」である。

この点でジーコが評価されただけなのだ。ジーコの戦術はうんぬんと言っていた日本人指導者には是非海外に出てもらって自分を評価してもらってほしい。「内容は良かった」などとのんきに言える環境がそこにはかけらもない事に気が付いた時、果たして生き残るスキルが本人にあるのかがポイントになる。要は内容が良い監督は海外には腐るほどいるが勝ち上がれる監督は数が限られているわけで人材の不足・需要が起こるのは常に結果を出す方なのだ。
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良かったですね

2007-12-25 17:58:00 | 社会
何となく見てて思ったのは漫才ってポップスに似ていると言う事だ。音楽で人が良い曲だと思うのにはテンポ、ため(間)、先が見える旋律でありながらちょっとだけ外される快感、(似ているが)大胆な展開、演奏者のキャラクター、音色のキャラクター、これに詞が上手く旋律に乗れているかなどがあると思う。

これらはそのまま漫才に当てはめようと思えば何とかなる。テンポを上げる事でつっこみの内容を読ませないようにするのは音楽でもよくやる手だ。しかしこういうのはテンポに慣れてしまえば飽きる。見ている方も進化しているわけで。

サンドウィッチマンのつっこみはこの点で言えばほどほど速い程度でスピードに慣れてしまった客には実は先が読める。ところが予想したつっこみとは違う内容が返ってくるので面白い。つまり瞬時に客が自分なりのつっこみを想定する余裕を与えてやってそれでいて意外なオチを用意しているわけである程度熟成した今のテンポについてこられる客を信用した上でのやり方と言えるだろう。

音楽でもこれが出来るのは今聞いているリスナーのレベルを認識し、信用しているミュージシャンなわけでやはりめったに現れるわけではない。このバランスは非常に難しい。
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スポーツ産業に理解不足なのが主因

2007-12-24 13:28:00 | 社会
元々日本ではスポーツに趣味や職業として金をかける(かけられる)文化がない。予算の配分を嘆く以前の話がここにある。

例えばだがゴルフ関連。プロのテレビ中継(男子どころか女子まで)、スポーツ量販店などに占めるその比重の高さ、郊外のゴルフ場の多さ、好きな人は飛行機に乗ってまで行く。このゴルフ関連産業は巨大な市場になっている。沢山の趣味レベルのプレイヤーがいてこの産業で生活している人もまた沢山いるわけだ。トッププレイヤーだけが食っているわけではない。

ゴルフが金のなる木なのは皆わかる。しかし実はスポーツ全般にこれは言える。市場が形成出来そうなのに国がそれに興味を示さない。ゴルフほど大きくなると弊害も多いがオリンピックなどで日本が活躍する競技を見てやってみたいと思う人は多いだろう。例えば前回の冬季五輪で活躍したカーリング。非常に簡単そうに見える(見えるから難しいはずだが)。これをやる為には色々と装備も必要だろうけど競技場も必要だ。北海道、青森、長野が強いのはこういった競技場があるからだ。当然自治体の力が必要になってくる。

スポーツを強化して何になる、今更国威発揚の必然性が無い、という意見は最もだが上記の様に産業が無かったところに(人為的に)産業を作るのは職種を増やす、つまり税金も増えるわけで税金の無駄使いとは言えないだろう。

以前NBAのチームが日本に来た時に高い金を払って観に来た客を前にしてNBA関係者にアナウンサーが感想を聞いたことがある。この質問の意図は「日本にもこれだけのNBAファンがいるなんて非常に感動した」とNBA関係者に言わせようとしたところにあった(いかにも日本的な質問の仕方である)。ところがこの人は「これだけのバスケットファンが大金を払って観に来る環境にありながら日本にはバスケット関連産業がほぼ皆無というのは何かが間違っている」と答えた。

アメリカはこういった無い所から産業を育成させる能力に長けているがスポーツ全般にこの姿勢はある。環境を整備し市場を作り多くの人がそこでお金を使い生活する。別段難しい話ではない。そういう視点があるのとないの差だけがそこにはある。

日本サッカーも30年前には全く産業になっていなかった。関係者の尽力もあるだろうが世界中で巨大産業となっていたサッカービジネスが日本では全く無かった方がどうかしているという見方もある。当然原因は金のなる木だとは全く思っていない土壌にあるのだ。そしてこれは今後も変わらないはずだ。
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いやはや

2007-12-23 00:47:00 | サッカー
正直非常に苦戦したが別段意外なわけでもない。

今のJリーグはボールの繋ぎばかりを気にしてサッカーと言うものがそもそも「手だけを使ってはいけない」スポーツという事を忘れている。体を使って相手の絶好のポジションを押し出す、足で相手よりも速くポジションをキープしてしまう、パスの出しどころを制限させる為にいち早く壁を作る、頭で相手よりも早くボールに触る。

ホンダは俗にJFLという超格下かもしれないが足でボールをパスするというJで最も重視される部分以外は鹿島を上回っている部分もあった。当然良い勝負になる。

これがJリーグだけでやっていると分らない。何せどこのチームも皆軽視しまくりだ。お陰でこういう点で少しは優位に立つ鹿島が勝てるだけの話だ。逆にホンダはJ相手には好試合を展開出来るだろうがJFLではどのチームも足技がない分同じ様なタイプが多くなりなかなか勝てないのかもしれない。

なるほど試合をTVで見ていてJ2、J1のチームがホンダに負けたのはいかにも当然だろうな、と感じた。鹿島は終了間際に時間稼ぎをしていたがボールコントロール程度しか相手より圧倒的優位な点はなかったわけでそれが余り役に立たない(ボールが荒れる)終了間際では妥当なところだろう。勝った要因は格下とは思っていない相手を対等に見る気持ちにあったと思う。

ところで柳沢、去就が気になるところだ。昨日の試合でも田代は試合が膠着状態に入るとプレーの持ち駒が少ないせいかセットプレーの期待以外はなかった。こういう時に柳沢がピッチに入るのは相手視点で見た場合けっこう嫌なものだろう。長い時間試合に出たい気持ちはわかるが。
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石破さん楽しそう

2007-12-20 14:01:00 | 社会
最近は接待ゴルフなんかの極めてつまらんネタ(大人ネタ)に付き合ってばかりだからなぁ。やっぱ防衛省と言ったらゴジラとかガメラでしょう。平成シリーズのガメラには自衛隊のリアル兵器が使われてるんだって人から聞いた。

石破さんが言うように確かに自衛隊が出動する時ってどういう管轄がどのような権限を持って発動するのか映画には出てこないね。まあ子供相手だからとは言わず実際ゴジラなどは結構マニアも見に行っているわけだからここら辺の防衛省内の緊急出動に対する会議や派閥争い、野党が選挙戦略で政府批判、平和運動系市民の妨害など色々ネタにしたら結構面白そうだな。

で、映画では現場の地獄を見せといて幹部はゴルフと焼肉で盛り上がっているという絵を入れればなんとなく世相を切った感じで往年の円谷プロっぽくなるしね。石破さんにはそのままスクリーンに出てもらってシナリオ渡さずに記者の質問に答えてもらう。多分アドリブでこの人は最高の演技をするはずだ。ちょっと楽しそうなのがアレかもしれないが。

*二階さんが石破さんに苦言を呈した様だが映画でも同じ事をしてもらうのもいい。映画には頭の硬い政治家が目の前の危機に鈍感で大惨事に繋がるってのはよくあるしな(笑)というわけで映画っぽいシナリオ↓


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角丸議員(我ながらネタが古い…)「UFO!?きみぃ何を下らん事を言っているのかね。それよりも選挙資金の方のアレは何とかなっているのかね」

メガネの気の弱そうな秘書「は、はぁその件ですが…」

バンっと扉が開いて
「た、大変です!幕張に巨大なUFO出現っ(声が裏返っている)。レーザーらしきもので冬のコミケに集まっていた20万人が瞬時に蒸発しましたっ」

角丸議員「お、俺の選挙区がぁぁ」

ここで石破さん、颯爽と登場「こんな事もあろうかと私案ですが対策リポートを作っておきました(A4でどっさり)

正直かっこいいと思う。オタだけど。
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宇宙人のレベルで考えてみよう

2007-12-20 02:12:01 | 社会
UFOがいるかどうかは微妙だ。地球以外にも生物はいるだろうが。

思うに人類がこのまま進化していくと間違いなく今の体を捨てる方向に向くわけでつまり液体や結晶体に精神を移行させるようになる。

これは地球の知的生命体に限る話ではないわけでUFOというのは中に宇宙人が乗っているという前提がある。この宇宙人は「体」を持っているから宇宙船が必要だと言う事になる。そうするとまだ結晶や液体、或いは高度な精神のみの存在に移行する前の文明であり、それでいて恒星間旅行を生命体の寿命以内で移動出来る乗り物が可能な文明という条件がある事になるわけだが…。

ぶっちゃけた話、恒星間をそれだけの速度で移動出来る科学を持っているなら生命「体」から脱却出来る科学も持っていると推測出来る。或いはそういった微妙な時期は非常に短いのではないかと。

この推測が正しければだが「UFO」なるものはそうそう地球に現れないのではないか、と思う。

もし火星に知的生命体がいたとして喧々囂々「UFOはいるかどうか」を火星人が議論していたとしよう。そこに地球からNASAの探査機がやってきたらこれは立派なUFOになる。しかしこのUFO、中の人はいない。何故ならわざわざ人間を運ばなくても情報入手は電波で可能だからだ。

こういった「体」を運んでいない探査機ならあり得るだろう。いるかいないかの議論は1か0の話で一見互角の様な気がするものだがいない、と考えるのは無理がある。0とするほど我々は全宇宙を検索し尽しているわけではない。恐らく全宇宙の情報量の0.000001%も情報入手していない状態でこの結論は無謀なのだ。

これらの理由でUFOを飛ばすには知的生命体として微妙な時期の科学力であり、且つ税金の無駄という概念がない政治を持っている文明であれば可能なのではないか。つまりまず現れないはずだ、と言うのが俺の結論。
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市民に代わる言葉ないんかい。

2007-12-18 02:06:00 | 政治
面白いもので産経でこの記事を読むと「市民」と言う表現がすばらしく嫌みったらしい表現に感じるわけだが毎日や朝日だと「紛れも無い一(いち)小市民」というイメージを増幅させるのはどうしたもんか。

恐らく記事内容はほとんど変わらないわけだから元々持っている各社の素養が勝手にそうさせているのだろう。

こういう事例は国単位でもよく起こり得る。一般的な感覚の日本人が「日本人は腰が低く嘘をついたり自分の損得を優先しない」とでも言えば中国人や韓国人にはギャグで言っている様にしか聞こえないだろう。全く同じセリフを中国人が「中国人は~」と言えば今度はこちらがコーヒーを噴出す番である。

しかし恐らく両者本当にそう思っているのだ。

この点を考えると朝日や毎日が言うところの「市民」とは本当に正真正銘普通の一般市民を指しているのかもしれない、などと思いつつこれを真に受ける人達は俺のイメージする「市民」というやつだったりする。市民って純情で騙されやすい、というイメージがこういう記事で増幅されているのかもしれん。
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