取手通信・医学情報社 山本 嗣信 (やまもと つぐのぶ)

医学情報社編集顧問
フリージャーナリスト

競輪に対する「愛着」

2016年10月25日 08時08分00秒 | 創作欄
伝説の車券師・東剛志を語る時、キーワードとなるのは、競輪に対する「愛着」であったと利根輪太郎は思う。
人間関係にも左右される競輪は「心」を大切にする東剛志にとって「愛着」を深める対象であったのだろう。
男気のある東剛志は男気のある競輪選手へ声援を送っていた。
そして、納得ができるレースを常に期待していた。
つまり、ファン心理を大切にするレースを強く望んでいた。
お金を懸けているファンを裏切るようなレースに怒りを覚えることもあったが、「ようするに、頭が悪いのだ」と笑い飛ばし大目にも見ていた。
「利根君、頭の悪い選手かどうかを見極めるんだ。いいね」などと助言していた。
「中野浩一選手はその点、賢かった」と評価していた。
また、競輪に愛着が強い神山雄一郎選手を好んでいた。
「愛着」は金儲けとは相容れない面も多々あったが、東剛志は「これが競輪の妙味」と肯定していた。
追い込み戦法1本の選手・スペシャリストも「愛着」の表れと認めていた。
かまし戦法は、意表を突く戦法である。
牽制し合う選手同士で、レースがスローになる。
そこを一気に逃げるのである。
慌てて本命選手が追走しても間に合わない。
勝った選手は単独行動であり、してやったりである。
レースには筋書きなどないと想われるが、一応、ラインを組んでレースに臨む。
展開予想をするが、実際には違った結果となる。
本命なのに逃げたラインは、ほぼ車券が紙屑になる。
「頭の良い選手は逃げるふり」
あるいは「意識的に後退し死んだふり」
東剛志はそれらのことを想定して車券を買っていた。


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