取手通信・医学情報社 山本 嗣信 (やまもと つぐのぶ)

医学情報社編集顧問
フリージャーナリスト

競輪・荒井崇博選手 取手「亀すし」に来店

2017年02月24日 06時41分26秒 | 日記・断片
昨夜は、取手駅に近い「亀すし」へ行く。
1年ぶりくらいであろうか?
家人は月に2、3回行っているが、当方は久しぶりである。
午後6時15分ころ客は一人も居ない。
ビンビールを半分くらい飲んでいるところへ家人が来た。
いつもの並みを注文。
「取手競輪場で、初めてのG1レースがありましたが、お客は来ましたか?」と聴く。
「少しくらい」
「最終日は7000名くらい入場し、場内の店は大繁盛でしたよ」
「そうだ、競輪選手が来たね」
「誰ですか?」
「佐賀県の荒井とか言っていた」
「荒井崇博選手ですね」
家人は「阪神に居た、新井貴浩と同じような名前で、覚えたの」
「そう、あらいたかひろ、と言っていたな。東京に泊まる選手ばかりで、自分は取手のホテルに泊まったとかで、2日前に選手宿舎に入るそうだね」
「大きかったでしょ」
「それほど背は高くなかったね。体格がいいんで、何かのスポーツをやっている人だと想った」
「そうでしょう。競輪選手は皆いい体している。レースか面白かった」と家人は言う。
店の主人は競輪やパチンコとは無縁で、バイクで余暇を過ごしている。
ちなみに、荒井選手は38歳、身長が177㎝で、体重は77㌔である。
初日の1次予選の8レースに出場し、車番は4で人気薄。
3連単の配当は4-2-7で4万2030円の穴となる。
その後は9着、6着で見せ場はつくれなかった。
最終日は何着であっただろうか?
パソコン調べれば分かるが・・・
入院した話となる。
先代の親父さんの話だ。
当方のような身勝手な患者で、入院中居なくなったりしたそうだ。
「妊娠中の私に、薬もらって来てくれというので、行ったら本人でなければ、ダメだと言われて、大きなお腹をして病院まで行って」
当時はヒロポンをやる人間が居て、それでウイルス肝炎で亡くなったそうだ。
「そう言えば、アプローチのマスターもヒロポンやっていたと言っていた」と家人。
家人は一時期、亀すしの隣にあった店の「アプローチ」で働いていた。
長男であったのにアプローチのマスターは寿司店を継がずにゴルフの支配人などになっていた。
店を継いだのは義理の妹であった。
愛知の大きな寿司店で2年余修業をして、今の主人が店を継いだのだ。
親父さんは、当方のような性格であったようだ。

 












競輪最終日には、競輪仲間と取手駅前の居酒屋へ
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